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本ページは、残業代請求への対応と賃金制度の設計に関する解説のうちの一つです。全体像は、次の中核となるページをご覧ください。
▶ 残業代請求への対応|元従業員から請求された場合の反論の組み立て方(使用者側)
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退職した従業員から、内容証明郵便や労働審判の申立てにより、数百万円の残業代を請求されることがあります。経営者の立場からは、「それほど残業していたようには思えない」「本人の仕事ぶりからすれば納得できない」と感じられることが少なくありません。結論から申し上げますと、残業代の請求に対しては、請求された金額をそのまま支払う必要はなく、労働時間の認定、割増賃金の計算、既に支払った手当の性質、管理監督者への該当性、消滅時効等の複数の観点から反論を組み立てることができます。他方で、労働時間の記録が会社側に残っていない場合には、従業員側の資料に基づく推計が採用されやすく、また訴訟で敗訴した場合には未払額と同額の付加金及び遅延損害金の負担が加わりますので、感情的に争うのではなく、反論の根拠の強さと敗訴した場合の負担を比較して、和解を含めた解決の方針を早期に定めることが重要です。本記事では、使用者側の立場から、残業代請求に対する反論の類型と、和解による解決の実務を解説します。
残業代請求への対応の全体像は、関連記事「残業代請求への対応|元従業員から請求された場合の反論の組み立て方(使用者側)」を御覧ください。
請求を受けた直後に行うこと
第一に、請求書に記載された請求期間、請求額、算定の根拠(労働時間の資料、基礎賃金、割増率)を確認します。第二に、当該従業員に関する資料、すなわち雇用契約書、労働条件通知書、就業規則及び賃金規程、タイムカード、出退勤の記録、業務用の電子メールや業務システムのログ、賃金台帳、給与明細を保全します。これらの資料は、訴訟において文書提出命令の対象となり得るものであり、廃棄や改変は厳に慎まなければなりません。第三に、消滅時効の完成の有無を確認します。第四に、請求書に対する回答の期限を確認し、期限までに、支払義務を認める趣旨と受け取られる回答をしないよう注意しながら、資料を確認のうえ回答する旨を伝えます。この段階で弁護士に相談すれば、反論の見込みと解決の方針を早期に定めることができます。
反論の類型
一 労働時間の認定に関する反論
労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいいます。請求者が主張する時間の中に、休憩時間、業務と関係のない私的な滞在の時間、自主的な早出、業務の指示のない残業等が含まれている場合には、これらは労働時間に当たらないと反論することができます。ただし、会社が残業を黙認していた場合、所定時間内に終わらない量の業務を与えていた場合、又は残業の禁止を命じながら実際には残業を前提とする業務を行わせていた場合には、黙示の指示があったものとして労働時間と認められます。反論の裏付けとなるのは、タイムカードの打刻時刻と実際の業務終了時刻との乖離を示す資料(電子メールの最終送信時刻、業務システムのログオフ時刻、退館記録等)、休憩を取得していたことを示す資料、及び残業の許可制が実際に運用されていたことを示す資料です。会社に労働時間の記録がない場合には、労働時間の適正な把握は使用者の義務(労働安全衛生法第66条の8の3)であることから、請求者の手帳や電子メールの記録等に基づく推計が採用されやすくなります。
二 基礎賃金と割増率の計算に関する反論
割増賃金の基礎となる賃金からは、家族手当、通勤手当、別居手当、子女教育手当、住宅手当、臨時に支払われた賃金、及び1か月を超える期間ごとに支払われる賃金が除外されます(労働基準法第37条第5項、同法施行規則第21条)。ただし、名称が「住宅手当」であっても、住宅の費用にかかわらず一律に支給されているものは除外されません。請求者の計算がこれらの除外賃金を基礎賃金に含めている場合、時間外労働、休日労働及び深夜労働の割増率(同法第37条第1項及び第4項、月60時間を超える時間外労働については5割以上)を誤っている場合、又は法定休日と所定休日を区別せずに休日割増を計算している場合には、計算の誤りを指摘します。
三 固定残業代(定額残業代)が支払済みであるとの反論
基本給とは別に一定額の手当を残業代として支払っていた場合、又は基本給の中に一定時間分の残業代を含めていた場合には、その額を支払済みの割増賃金として控除することができます。ただし、この反論が認められるためには、当該手当が時間外労働の対価としての性質を有すること、通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とが明確に区別されていること、及び固定残業代が対応する時間数を超える労働があった場合に差額を支払う取扱いであったことが必要です。これらの要件を満たさない場合には、固定残業代は割増賃金の支払とは認められないうえ、基礎賃金に算入されて請求額がかえって増加します。固定残業代の要件については、関連記事「固定残業代の定めが有効と認められるための要件と反論の組み立て方」を御覧ください。
四 管理監督者に該当するとの反論
請求者が労働基準法第41条第2号の管理監督者に該当する場合には、深夜労働の割増賃金を除き、時間外労働及び休日労働の割増賃金の支払義務はありません。ただし、管理監督者に該当するか否かは役職の名称ではなく実態により判断され、経営に関する決定への参画や労務管理上の権限、出退勤の自由裁量、地位にふさわしい賃金上の処遇のいずれもが求められますので、この反論が認められる範囲は限られます。詳細は、関連記事「管理職の従業員から残業代を請求された場合の対応」を御覧ください。
五 事業場外みなし労働時間制又は裁量労働制の適用
営業職等について事業場外みなし労働時間制(労働基準法第38条の2)を適用していた場合、又は専門業務型若しくは企画業務型の裁量労働制(同法第38条の3、第38条の4)を適用していた場合には、みなし時間による計算を主張することができます。ただし、事業場外みなし労働時間制は労働時間を算定し難い場合に限って適用され、携帯電話等により随時指示を受けていた場合や、出社後に外勤に出て帰社していた場合には適用が否定されます。裁量労働制は、労使協定又は労使委員会の決議と届出、及び対象業務への該当が必要です。
六 消滅時効
賃金請求権の消滅時効は、令和2年4月1日以降に支払期日が到来した賃金については支払期日から3年(労働基準法第115条、同法附則第143条第3項)、それより前に支払期日が到来した賃金については2年です。請求された期間のうち時効が完成している部分については、時効を援用することにより支払義務を免れます。時効は会社が援用しなければ効力を生じませんので(民法第145条)、回答書において明確に援用します。なお、請求者が内容証明郵便で催告を行った場合には、その到達から6か月間は時効の完成が猶予されます(同法第150条)。
七 請求者の在職中の非違行為
請求者が在職中に横領、背任、競業行為、営業秘密の持出し等を行っていたことが判明した場合には、会社は請求者に対して損害賠償を請求することができます。ただし、賃金は全額払の原則(労働基準法第24条第1項)により、会社の損害賠償債権と一方的に相殺することはできませんので、別途請求し、又は和解の中で調整することになります。残業代の請求を受けたことを契機に社内調査を行ったところ、請求者の不正が判明する事例は実務上少なくありません。
争った場合の会社の負担
反論の根拠が弱いにもかかわらず支払を拒み続けた場合、会社には次の負担が生じます。第一に、訴訟において未払が認められた場合、裁判所は未払額と同一額を限度とする付加金の支払を命じることができます(労働基準法第114条)。付加金は、会社の対応が悪質と評価されるほど命じられやすくなります。第二に、退職後の期間については年14.6パーセントの遅延損害金が付されます(賃金の支払の確保等に関する法律第6条第1項)。第三に、一人の従業員の請求が認められれば、同じ勤務実態にある他の従業員からも請求を受ける可能性があります。第四に、労働基準監督署に申告がなされれば、是正勧告により全従業員について過去に遡って清算を求められることがあります。
和解による解決の実務
解決の水準の考え方
和解の水準は、会社の反論が認められた場合の金額と認められなかった場合の金額(付加金及び遅延損害金を含みます。)をそれぞれ試算し、反論が認められる見込みの程度を踏まえて判断します。労働審判の調停においては、労働審判委員会が示す心証を前提として、請求額から一定の減額を得た水準で解決することが多く、訴訟においても、判決に至る前に和解で解決する例が多数です。会社の反論が有力である場合には、請求額を大きく下回る水準での解決も可能ですが、労働時間の記録がなく、固定残業代の要件も満たしていない場合には、大幅な減額は期待できません。
和解の条項
和解に際しては、解決金の額と支払期限のほか、次の条項を検討します。第一に、清算条項です。当該従業員との間に本件に関し他に債権債務がないことを確認し、退職金、慰謝料、その他の名目による追加の請求を防ぎます。第二に、口外禁止条項です。他の従業員への波及を防ぐため、和解の内容を第三者に開示しないことを合意します。第三に、解決金の性質と税務上の取扱いです。未払賃金として支払う場合には給与所得として源泉徴収が必要であり、和解金として支払う場合との違いを踏まえて条項を作成します。第四に、会社が請求者に対して損害賠償請求権を有する場合には、その処理を和解の中で明確にします。
労働審判における調停
労働審判の申立てを受けた場合、第1回の期日において労働審判委員会が心証を示したうえで調停が試みられることが通常です。調停案は、その後の審判の内容に近いものとして示されますので、会社は、答弁書の段階で反論と証拠を出し尽くしたうえで、調停に応じる場合の上限額を事前に社内で決めておく必要があります。労働審判の手続については、関連記事「労働審判・労働訴訟への対応|申立てを受けた会社が最初にすべきこと(使用者側)」を御覧ください。
再発の防止
一件の請求を解決した後は、同種の請求が繰り返されないよう、労働時間の記録の方法(客観的な記録によることが原則です。)、残業の許可制の実効的な運用、固定残業代制度を採用している場合にはその要件の充足、管理監督者として扱っている従業員の実態の点検、及び就業規則と賃金規程の整備を行います。未払が現に生じている場合の是正の手順については、関連記事「M&Aの前に判明した未払賃金等の労務上の債務を是正する手順」を御覧ください。
弁護士に相談する時期と、費用の考え方
残業代の請求書を受領した直後、遅くとも回答期限の前に御相談いただくことをお勧めします。当事務所では、使用者側の立場から、請求内容と会社の資料の分析、反論の組立てと試算、回答書の作成、請求者との交渉、労働審判及び訴訟への対応、並びに和解条項の作成を取り扱っています。請求者の在職中の非違行為が疑われる場合には、社内調査と損害賠償請求も併せて対応します。費用は、請求額、事案の内容及び関与の範囲に応じて事前に御説明します。
よくあるご質問
タイムカードがありません。請求者の手帳の記録だけで残業代が認められるのですか。
労働時間の把握は使用者の義務ですので、会社に記録がない場合には、請求者の手帳や電子メールの記録等に基づく推計が採用されやすくなります。会社側は、業務システムのログ、退館記録、電子メールの送信時刻等、労働時間を推認させる資料を可能な限り収集して反論する必要があります。
残業は許可制にしていたので、無許可の残業には支払う必要がないのではありませんか。
許可制が実際に運用され、無許可の残業を現に禁止し、残業を要しない業務量としていた場合には有力な反論となります。しかし、許可制が形式にとどまり、無許可の残業を黙認し、又は所定時間内に終わらない業務を与えていた場合には、黙示の指示があったものとして労働時間と認められます。
請求者は在職中に不正をしていました。残業代と相殺できますか。
賃金の全額払の原則により、会社が一方的に相殺することはできません。損害賠償は別途請求するか、和解の中で調整します。不正の事実は、和解の交渉において重要な材料となります。
和解で解決金を支払う場合、源泉徴収は必要ですか。
未払賃金として支払う場合には給与所得として源泉徴収が必要です。和解金としての性質を持たせる場合の取扱いは条項の内容により異なりますので、和解条項の作成の段階で税務上の取扱いを確認します。
労働審判で示された調停案が高すぎると感じます。拒否すべきですか。
調停案は労働審判委員会の心証に基づくものであり、審判の内容はこれと同程度か、会社にとってより不利となることが少なくありません。拒否して審判に異議を申し立てれば訴訟に移行し、付加金及び遅延損害金の負担が加わる可能性があります。訴訟における見込みと負担を比較して判断してください。
まとめ
元従業員からの残業代の請求に対しては、労働時間の認定、基礎賃金と割増率の計算、固定残業代の支払、管理監督者への該当、みなし労働時間制の適用、消滅時効、及び在職中の非違行為の各観点から反論を組み立てることができます。他方で、記録がない場合の推計や付加金及び遅延損害金の負担を踏まえると、反論の根拠の強さに応じて和解による解決を選ぶことが合理的な場合も多くあります。請求書を受領した段階で資料を保全し、時効を確認したうえで、早期に使用者側の労働問題を取り扱う弁護士に御相談ください。
具体的なご相談をお考えの皆様へ
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