営業所長として中途で採用した社員について、着任から1年半が経ちましても数値が改善せず、部下からは指示が場当たりであるという申告が続いている。解雇までは考えていないので、話し合って辞めてもらいたい。来週、社長室で面談の時間を取ってあるが、どのように切り出せばよいかという御相談を、この段階でお受けします。
民法第623条は、雇用は当事者の一方が労働に従事することを約し、相手方がこれに対して報酬を与えることを約することによってその効力を生ずると定めています。合意で始まったものを合意で終わらせる話合いは、それ自体としては契約自由の範囲にあります。それにもかかわらず、この話合いが後に不法行為とされ、あるいは成立した合意そのものが取り消される事態が生じます。
結論から申し上げます。退職勧奨が違法と評価されるかどうかは、勧奨する理由が正当であったかどうかではなく、断るという選択肢を相手が現実に採ることのできる状態が、最後まで保たれていたかどうかによって決まります。理由がどれほど正当であっても、断る自由を失わせる進め方をすれば違法となり、理由が乏しくても、断る自由が保たれていれば違法にはなりません。以下、順に御説明します。
本記事が扱う場面と、扱わない場面
雇用を終える方法は複数ありますので、本記事が扱う範囲を次のとおり限定します。
- 合意による退職を求めて話し合う場面における、勧奨の態様の限界……本記事
- 制裁として処分を科す場面における要件と手続……懲戒解雇に踏み切る前に確認すべき要件と手続
- 勤務成績や適格性を理由とする対応の全体像を組み立てる場面……問題社員への対応|辞めさせる前に踏むべき手順を弁護士が解説(使用者側)
- 話合いが決裂し、本人から申立てを受けた場面……労働審判・労働訴訟への対応|申立てを受けた会社が最初にすべきこと(使用者側)
退職勧奨そのものは違法ではありません
退職勧奨の法的な性質は、労働契約の合意による解約の申込み、又はその申込みを誘う行為です。会社が一方的に契約を終わらせる解雇とは、性質が異なります。民法第627条第1項が定める解約の申入れも、雇用を一方的に終了させる場面の規定であり、話合いによる終了とは区別されます。労働契約法第16条は、解雇は客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当であると認められない場合には権利の濫用として無効とすると定めていますが、この規定は一方的な意思表示に向けられたものであり、話合いを持ちかける行為そのものを制限するものではありません。
したがって、勤務成績が振るわない、部門を縮小するといった理由で退職を提案すること自体は許されます。提案の理由が解雇の理由に足りるかどうかは、勧奨の適法性を左右しません。解雇できるだけの材料が揃うまで話合いを先送りする会社がありますが、順序としては逆です。材料が乏しいからこそ、合意による解決を先に試みる意味があります。制限されるのは、提案する行為ではなく、提案を断らせない行為です。相手には提案を受け入れない自由があり、これを言葉、時間、場所、人数、あるいは業務上の取扱いによって事実上奪ったとき、その時点から先の行為が違法な領域に入ります。
違法と評価される態様の類型
問題となる態様は、六つに整理することができます。第一は、明確に断られた後も同じ内容の提案を繰り返すことです。第二は、能力、容姿、家庭の事情、年齢に触れて自尊心を傷つける言辞を用いることです。第三は、会社側が多人数で臨み、あるいは1回の面談を長時間に及ばせることです。
第四は、業務から外し、席を移し、会議から除くなど、在籍を続けることを心理的に困難にする措置を、勧奨と並行して行うことです。これは言葉を用いない圧力に当たり、面談の記録だけを整えても評価を免れません。第五は、解雇の要件を満たさないのに解雇される旨を述べるなど、事実に反する不利益を告げることです。第六は、応じない場合に降格、減給、遠隔地への配置転換を行う旨を示唆することです。
実務で争いになるのは、これらが複数重なった事案です。面談そのものは穏やかであっても、並行して行った業務上の措置と合わせて全体を評価されます。勧奨を始める前に、当該社員の業務上の取扱いを従前どおり維持する方針を定めます。
回数、時間及び場所をどこまで許容することができるのか
回数、時間及び場所について、上限を定めた条文はありません。後から見て断る自由が保たれていたと説明できる設計を、会社の側で自ら作ることになります。次の枠組みを目安としてください。
1回の面談は60分以内で区切り、話が途中であっても時間が来たら中断します。面談と面談の間隔は1週間以上を空け、本人が家族や外部に相談する時間を確保します。会社側の出席者は2名までとし、そのうち1名は記録に専念します。場所は通常の会議室とし、施錠せず、本人を出入口に近い側に着席させます。本人が退室を申し出た場合には、その場で終了させます。
最も重要なのは、明確な拒絶があった後の扱いです。断られた後に同じ条件で再度持ちかけてはなりません。提示する条件を実質的に変更した場合に限り、その旨を明示して1回に限り改めて提案する、という運用が限度です。3回目を終えても意向が変わらない場合には勧奨を打ち切り、その決定と日付を記録に残してください。
退職の合意が意思表示の瑕疵で覆される場合
面談を経て退職届が提出されても、その意思表示が後に効力を失うことがあります。民法第95条第1項は、意思表示に対応する意思を欠く錯誤、又は表意者が法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤に基づくものであって、その錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものであるときは、その意思表示を取り消すことができると定めています。民法第96条第1項は、詐欺又は強迫による意思表示は取り消すことができると定めています。事実に反する説明を故意に行えば詐欺が、害悪を告げて畏怖させれば強迫が問題となります。
避けるための実務は単純です。面談で述べる事実は資料によって裏付けられるものに限り、見通しを述べる場合にはその旨を明示します。退職金や解決金の額は、算定の内訳を記載した書面で交付します。
あわせて、提出された書面が辞職の通知なのか、会社の申込みに対する承諾なのかを、表題と文言で明確にしてください。合意による解約であれば、承諾した時点で撤回することができなくなりますので、承諾の意思表示は書面で行います。
退職合意書に必ず盛り込む条項
合意に至った場合、その内容を1通の書面にまとめます。盛り込む条項は、退職の日、退職が合意による解約であること、最終の賃金の額と支払の日、退職金の額と支払の日、未消化の年次有給休暇の取扱い、解決金を支払う場合はその額と支払の日、貸与物品の返還、業務の引継ぎの範囲と期限、秘密の保持、相互に誹謗しないこと、そして本合意に定めるほか何らの債権債務がないことを確認する条項です。
手続に関する条項も併せて定めます。労働基準法第22条第1項は、労働者が退職の場合において、使用期間、業務の種類、その事業における地位、賃金又は退職の事由について証明書を請求したときは、使用者は遅滞なくこれを交付しなければならないと定めています。証明書に記載する退職の事由は、合意書の文言と一致させます。労働基準法第23条第1項は、退職の場合において権利者の請求があったときは、使用者は7日以内に賃金を支払い、労働者の権利に属する金品を返還しなければならないと定めています。
清算条項を置く際は、対象となる範囲を明示します。在職中の賃金、割増賃金、退職金、安全配慮に関する請求まで含めるのであれば、その旨を列挙してください。「一切の債権債務」とのみ記載した場合、後日、想定していなかった請求について争いが生じます。
退職の条件として金銭を提示する場合の考え方
金額の出発点は、合意に至らなかった場合に会社が負う見込みの負担です。争いが解決までに要する期間に、賃金の月額を乗じた額が、その中心となります。ここから、会社の主張が通る見込みの程度、資料の充実度、本人の再就職の見通しを織り込んで調整します。勤続年数のみで一律の月数を定める方法は、他の事案との均衡を欠く原因となります。
提示の仕方には順序があります。初回の面談では金額を提示せず、会社の判断と、退職を選択肢として検討してほしい旨を伝えるにとどめます。次の面談で、算定の考え方を添えて金額を提示し、回答の期限を設けます。期限は2週間程度を確保してください。翌日までに返事を求める運用は、任意性を疑わせます。
名目の設定も検討事項です。未払の割増賃金や賞与に相当する部分がある場合には、解決金に混ぜず、項目を分けて記載します。混ぜますと、支払った金額のうちどこまでが未払賃金の弁済であったのかを説明できなくなります。
録音されていることを前提に進めます
面談は録音されているものとして臨んでください。相手方が承諾なく録音した音声であっても、著しく不当な方法によって取得されたものでない限り、後の手続で証拠として扱われるのが通常です。録音の有無を尋ねる行為は威圧的な印象を与えますので、行わないでください。
録音を前提とすると、準備の仕方が変わります。面談で述べる内容を、あらかじめ文章にしてください。会社の評価とその根拠、提案する内容、検討していただきたい期限、提案に応じない場合には在籍のまま勤務を続けていただくこと。この四点を読み上げる形式にし、その場での言い換えを避けます。感情に流れた一言が、全体の評価を覆します。
会社の側も記録を作成します。記載するのは、日時、場所、出席者、開始と終了の時刻、会社が述べた内容の要旨、本人の回答、次回の予定、そして退室や中断の申出の有無です。その日のうちに作成してください。
なぜ「辞めないなら解雇する」と述べてはならないのか
この一言を避けるべき理由は三つあります。第一に、解雇の要件を満たしていない場合、事実に反する不利益を告げたことになり、民法第96条第1項の詐欺又は強迫、及び民法第95条第1項の錯誤の評価を招きます。第二に、要件を満たしている場合であっても、選択肢が事実上一つしかない状況を作り出しますので、その後に成立した合意の任意性が失われます。第三に、発言そのものが解雇の意思表示と受け取られ、労働契約法第16条による審査の対象となる可能性が生じます。
代わりに述べるべき内容は決まっています。会社としての評価と、その評価に至った具体的な事実。改善の見込みについての判断。提案する退職の条件。検討していただく期限。そして、応じない場合には引き続き在籍して現在の職務を続けていただくということ。最後の一文が、断る自由が保たれていたことを示す最も明確な材料になります。
離職後の給付についても、正確に伝えられるようにしておいてください。雇用保険法第33条第1項は、被保険者が自己の責めに帰すべき重大な理由によって解雇され、又は正当な理由がなく自己の都合によって退職した場合には、待期期間の満了後、1か月以上3か月以内の範囲で公共職業安定所長の定める期間は基本手当を支給しないと定めています。会社の働きかけによる退職として離職票を作成する場合、この扱いが異なります。事実と異なる離職理由を記載してはなりません。
弁護士に任せられる範囲と、依頼の時期
弁護士が担うのは、勧奨に先立つ資料の点検、面談で述べる内容の文案の作成、面談の回数と間隔の設計、条件の算定と提示の順序の組立て、面談への同席、退職合意書の作成、離職票の記載内容の確認、そして本人が代理人を選任した場合の窓口です。
依頼の時期は、最初の面談を行う前です。1回目の面談での発言は、後から取り消すことができません。既に面談を終えている場合でも、次の面談までに設計を組み直すことは可能です。
いま確認していただきたいこと
対象となる社員について、これまでの評価の記録、指導を行った日時と内容、注意書や改善計画の写しを時系列で並べてください。記録が乏しい場合には、条件面での譲歩を厚くする方向で設計します。あわせて、直近3年間に退職の合意に至った事例の金額と勤続年数を一覧にし、今回の提示額との均衡を確認してください。
就業規則については、退職に関する章、解雇の事由、退職金規程の支給の要件を確認します。あわせて、当該社員の業務の割当て、席の位置、会議への参加の状況を確認し、勧奨の期間中もこれらを変更しない方針を共有してください。
よくあるご質問
面談で明確に断られました。もう一度持ちかけてよいですか
同じ条件で持ちかけることは避けてください。提示する条件を実質的に変更した場合に限り、その旨を明示して改めて提案することができます。それでも意向が変わらない場合には、勧奨を打ち切ってください。
退職届を受け取った翌日に、撤回すると言われました
提出された書面の性質によります。会社の申込みに対する承諾であれば、その時点で合意が成立していますので、一方的な撤回はできません。辞職の通知であった場合には、会社が承諾の意思表示をする前であれば撤回を認める扱いが採られます。
面談に同僚を同席させたいと言われました
断ることができます。ただし、断る理由を説明できるようにしておいてください。人事に関する情報を扱うこと、当該同僚が事案の関係者であることなどが理由になります。
解決金を支払わずに退職に応じてもらうことはできますか
可能です。金銭の提示は合意に至るための手段の一つであり、必須ではありません。転職先が決まっている場合や、退職の時期の調整のみを求めている場合には、退職日の設定、有給休暇の消化、証明書の記載といった条件のみで合意に至ります。
おわりに
退職勧奨で会社が失敗する原因は、理由の弱さではなく、進め方の急ぎ方にあります。1回の面談は短く区切り、間隔を空け、断られたら打ち切る。述べる内容は事前に文章にし、そのとおりに読む。応じない場合には在籍が続くことを、毎回必ず伝える。この四つを守れば、合意の効力は揺らがず、合意に至らなかった場合にも責任を問われることはありません。必ず解決できますから、一緒に頑張りましょう。
退職勧奨の進め方と退職合意に関する御相談
弁護士法人M&A総合法律事務所 電話番号 03-6435-8418
受付時間 8:00-21:00(土日祝含む)
出典
- 民法第623条(雇用)、第95条第1項(錯誤)、第96条第1項(詐欺又は強迫による意思表示)、第627条第1項(期間の定めのない雇用の解約の申入れ)
- 労働契約法第16条(解雇)
- 労働基準法第22条第1項(退職時等の証明)、第23条第1項(金品の返還)
- 雇用保険法第33条第1項(給付制限)
このページの位置付けと、関連するページ
本ページは、問題社員への対応と雇用の終了に関する実務に関する解説のうちの一つです。全体像は、次の中核となるページを御覧ください。
▶ 問題社員への対応|辞めさせる前に踏むべき手順を弁護士が解説(使用者側)
同じ主題を扱う関連ページ
具体的な御相談をお考えの皆様へ
本ページの主題に関し、当事務所の取扱内容、対応の進め方及び費用の考え方は、次の御案内のページに整理しています。あわせて御覧ください。













