営業部の社員から、人事部に対して、部長の言動について申告があった。複数人の前での叱責が半年にわたって繰り返され、書類を投げ返されたこともあるという内容である。部長は在籍20年を超え、部門の売上の6割を担っている。申告した社員は、部長には知らせないでほしいと述べている。どこから手を付ければよいかという御相談を、この段階でお受けします。
この場面では、二つの要請が同時に生じます。会社は、申告を受けたときに事実関係を確認する義務を負います。他方で、申告した社員は、知られることによって職場に居づらくなることを恐れています。両立させる方法は、調査の範囲と進め方を先に決め、それを申告者に示すことです。
結論から申し上げます。申告を受けた会社が最初に決めるべきは、行為の当否ではなく、誰が、どの範囲を、どの順序で調べるのかという枠組みであり、これを書面にして申告者に示したうえで着手します。労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律第30条の2第1項は、事業主に対し、相談に応じ適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講ずべきことを求めています。以下、順に御説明します。
本記事が扱う場面と、扱わない場面
申告への対応は段階ごとに作業が異なりますので、次のとおり切り分けます。
- 申告を受けてから事実を認定するまでの調査の段階……本記事
- 認定した事実を前提に、制裁としての処分の重さを決める段階……懲戒解雇に踏み切る前に確認すべき要件と手続
- 申告を受ける前に、相談の窓口と規程を整える場面……労務コンプライアンスの整備|紛争を未然に防ぐ体制づくりと偶発債務の把握
- 当事者から会社に対して申立てがされた場面……労働審判・労働訴訟への対応|申立てを受けた会社が最初にすべきこと(使用者側)
申告を受けた時点で、会社には調査の義務が生じます
根拠となる規定は三つあります。労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律第30条の2第1項は、職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより労働者の就業環境が害されることのないよう、必要な措置を講じなければならないと定めています。雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律第11条第1項は性的な言動について、育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律第25条第1項は育児休業等の利用に関する言動について、同様の措置を求めています。
講ずべき措置の内容は、指針において具体化されています。事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(令和2年1月15日厚生労働省告示第5号)は、相談があった場合において、その事案に係る事実関係を迅速かつ正確に確認することを、措置の一つとして掲げています。したがって、申告を受けながら確認を行わないという選択は、原則として採ることができません。
申告者から、行為者に知らせないでほしいという要望が示されることがあります。この場合でも、行うかどうかではなく、方法を協議します。行為者への聴取を当面行わない、申告者を特定しない形で事実を示すなど、選択肢を提示したうえで、採る方法を申告者と確認し、記録に残してください。
調査の体制を誰が担うのかを最初に決めます
担当者は2名とし、聴取を行う者と記録を取る者に分けます。担当から外すべき者は、行為者の指揮命令系統に属する者、申告者と個人的な交友関係にある者、そして自らが事案の目撃者である者です。これらを除くと担当できる者が残らない場合や、行為者が役員である場合には、外部の弁護士に委託します。
着手の前に、次の事項を書面にして決裁を得てください。調査の目的、対象となる期間、聴取の対象者とその順序、確認する資料の範囲、報告の宛先、そして完了の目途です。目途は、申告の受付から1か月以内を基本とします。期間が延びるほど、社内での憶測が広がります。
あわせて、事案を知る者の範囲を限定し、その名簿を作成します。調査の過程で情報が拡散した場合、それ自体が申告者に対する新たな不利益となり、会社の対応の適否が問われる原因になります。
申告者、行為者及び第三者からの聴取の順序
順序は、申告者、第三者、行為者の順が原則です。申告者からの聴取では、日時、場所、言動の内容、同席していた者、その時の業務の状況、その後の勤務や体調への影響、そして会社に求める対応を確認します。記憶を口頭で追うのではなく、時系列の一覧表を担当者と申告者が一緒に作成する方法が有効です。申告者が保存している記録があれば、その場で提出を受けます。
第三者からの聴取は、当事者のいずれとも距離のある者から始めます。冒頭で事案の内容を詳しく説明する必要はありません。特定の日時における職場の状況を尋ねる形で始め、必要な範囲でのみ具体化します。
行為者からの聴取は最後に行いますが、遅らせすぎてはなりません。確認しようとしている事実を特定して示し、これに対する説明を求める形をとります。この聴取は、弁明の機会としての性質も持ちます。対象者全員に対しては、冒頭で、協力を理由に不利益な取扱いをしないことと、内容を口外しないことを告げてください。
事実の認定は、供述の一致と客観的な資料で行います
認定の材料は二種類です。第一は、申告者、行為者及び第三者の供述です。第二は、供述から独立して存在する資料であり、電子メール、社内の連絡の記録、勤務の記録、座席の配置、医師の診断書、当時作成された手帳の記載がこれに当たります。
供述が食い違う場合、判断の手掛かりは四つあります。体験した者でなければ語り得ない細部を含むかどうか。供述が途中で変わっていないかどうか。客観的な資料と整合するかどうか。そして、供述する者と当事者との利害関係です。行為者が否認しても、第三者の供述と資料が一致すれば、事実を認定できます。
資料が乏しく、供述も分かれる事案では、認定できないという結論を出します。灰色のまま放置してはなりません。報告書は、申告の内容、調査の経過、認定した事実、認定できなかった事実とその理由、評価、講ずべき措置の提案という順序で構成し、担当者が署名して保管します。
就業環境を害するかどうかの判断の枠組み
優越的な関係を背景とした言動については、三つの要素をすべて満たすかどうかを検討します。優越的な関係を背景とした言動であること、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものであること、そしてこれにより就業環境が害されることです。この三要素は、前掲の法第30条の2第1項の文言に対応しています。
判断が難しいのは、第二の要素です。業務上の指導との境界は、目的、手段、頻度、場所、そして人格への言及の有無によって分けます。改善を求める目的で、必要な範囲の事実を指摘し、他の従業員のいない場所で回数を限って行われたものは、指導の範囲にとどまります。目的が制裁や排除にあり、人格や能力の全体を否定する表現を用い、面前で繰り返されたものは、範囲を超えます。
性的な言動については、前掲の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律第11条第1項が、対応によって労働条件について不利益を受ける場合と、就業環境が害される場合の双方を対象としています。判断の基準は、平均的な労働者の感じ方を出発点としつつ、当該労働者の状況を併せて考慮します。事案がどの類型に属するのかを、報告書に明示してください。
調査の結果を当事者へどこまで伝えるのか
申告者に対しては、認定した事実、会社としての評価、そして講じる措置の概要を伝えます。行為者に対する処分の具体的な内容は、他の従業員の人事に関する情報ですので、原則として伝えません。配置の変更のように申告者の勤務に直接影響する事項は、事前に伝えます。
行為者に対しては、認定した事実と、その判断の根拠となった資料の概要を伝えます。誰がどの供述をしたかは特定しません。特定しますと、供述した第三者に対する報復が生じ、次の事案で協力が得られなくなります。
聴取に応じた第三者に対しては、結論を伝えません。社内に向けた公表も原則として行わず、行う場合には、個人が特定されない形で、再発の防止に限って行います。申告者と行為者への通知は書面で行い、交付した日付を記録してください。口頭のみで済ませますと、会社が何も対応しなかったという主張を招きます。
不利益な取扱いの禁止と、配置の見直し
前掲の法第30条の2第2項は、労働者が相談を行ったこと、又は事業主による相談への対応に協力した際に事実を述べたことを理由として、解雇その他不利益な取扱いをしてはならないと定めています。雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律第11条第2項も、同様の禁止を定めています。保護の対象は、聴取に応じて事実を述べた第三者にも及びます。
配置の見直しを行う場合には、原則として行為者の側を動かします。申告者を異動させる形は、業務上の必要性を別途説明できない限り、不利益な取扱いと評価される可能性があります。やむを得ず変更する場合には、本人の希望を書面で確認してください。
調査が終わった後も、当該従業員の処遇については記録を残します。人事評価、賞与の査定、昇格の判断について、調査の前後で扱いが変わっていないことを説明できる状態を、少なくとも1年間は維持してください。
なぜ会社が調査を怠ると別の責任が生ずるのか
会社が問われる責任は、二つに分かれます。第一は、行為者の行為そのものについての責任です。民法第715条第1項は、ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負うと定めています。第二は、会社自身の対応についての責任です。労働契約法第5条は、使用者は労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう必要な配慮をするものとすると定めています。
この二つは別個のものです。行為者の言動について会社が責任を負わない場合であっても、申告を受けながら確認を行わず環境を放置したことについては、独立して責任が問われます。逆に、調査を尽くし措置を講じていれば、会社自身の責任は否定される方向に働きます。
あわせて、株式の譲渡や合併の場面では、買主が相談の記録と調査の報告書の提出を求めます。対応の履歴が残っていない会社は、簿外の債務が潜在しているものとして評価されます。M&Aを将来の選択肢とする会社にとって、この記録は資産の一部です。
弁護士に任せられる範囲と、依頼の時期
弁護士が担うのは、調査の枠組みの設計、申告者との協議、聴取の実施又は同席、質問事項の作成、資料の収集の範囲の判断、供述の評価と事実の認定、報告書の作成、当事者への通知書の作成、講ずべき措置の検討、そして当事者から申立てを受けた場合の対応です。行為者が役員である場合には、外部が担当する形をとる必要があります。
依頼の時期は、申告を受けた日から3日以内です。最初の聴取をどのように行ったかによって、その後に得られる供述の価値が変わります。既に社内で聴取を始めている場合でも、その時点までの記録を前提に、以後の設計を組み直すことができます。
いま確認していただきたいこと
就業規則及びハラスメントの防止に関する規程を開き、相談の窓口、調査の手続、調査への協力の義務、不利益な取扱いの禁止、懲戒の事由に関する定めの有無を確認してください。欠けている項目があれば、規程の不備を前提に慎重な設計が必要になります。
次に、申告の内容を日時ごとの一覧に分解し、それぞれについて確認できる資料と、目撃した可能性のある者を割り当ててください。あわせて、社内の連絡の記録、入退室の記録、座席の配置図について保存の期間を確認します。最後に、申告者と行為者の勤務の場所を確認し、調査の期間中に接触を減らす方法を検討してください。
よくあるご質問
申告者が、調査を行わないでほしいと述べています
調査を行わないという選択は、原則として採ることができません。もっとも、方法については協議の余地があります。行為者への聴取を後に回す、申告者を特定しない形で事実を示すなど、複数の案を提示し、選んだ方法と理由を記録に残してください。
匿名の通報でも調査しなければなりませんか
通報の内容が具体的で、確認の手掛かりがある場合には調査を行います。日時、場所、関係者が示されていれば、匿名であっても資料と第三者からの聴取によって確認が可能です。手掛かりを欠く場合には、窓口を通じて追加の情報を求め、その経過を記録します。
行為者が事実を全面的に否認しています
否認を前提に、供述と資料の照合を進めます。第三者の供述と客観的な資料が一致していれば、認定は可能です。認定に至らない場合でも、当事者を分離する配置の見直しなど、認定を前提としない措置を検討してください。
既に退職した者からの申告はどう扱いますか
在籍している従業員からの申告と同じ手順で扱います。行為者が在籍している以上、同種の事案が続いている可能性があり、確認の必要性は変わりません。退職していることは、調査を行わない理由にはなりません。
おわりに
ハラスメントの申告で会社の対応が問われるのは、認定した内容そのものよりも、確認の過程です。担当を決め、範囲を書面にし、順序を守って聴取し、資料と照らして結論を出し、当事者に伝える。この一連の作業を記録に残しておけば、認定が難しい事案であっても、会社の対応が責められることはありません。必ず解決できますから、一緒に頑張りましょう。
ハラスメントの申告に対する調査に関する御相談
弁護士法人M&A総合法律事務所 電話番号 03-6435-8418
受付時間 8:00-21:00(土日祝含む)
出典
- 労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律第30条の2第1項及び第2項(雇用管理上の措置等)
- 雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律第11条第1項及び第2項(職場における性的な言動に起因する問題に関する雇用管理上の措置等)
- 育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律第25条第1項(職場における育児休業等に関する言動に起因する問題に関する雇用管理上の措置等)
- 労働契約法第5条(労働者の安全への配慮)
- 民法第715条第1項(使用者等の責任)
- 事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(令和2年1月15日厚生労働省告示第5号)
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