同業の会社の株式を取得し、子会社として傘下に収めてから1年が経った。営業の担当者が同じ現場で並んで働いているのに、基本給の水準も、手当の名称も、賞与の算定式も、退職金の計算方法も違う。人事の担当者からは制度を早く一本化したいと言われ、買収先の従業員からは処遇が下がるのではないかと問われている。どこまで揃えてよいのかという御相談を受けます。
制度の統合が難しいのは、労働条件が個々の労働契約の内容だからです。会社の資本関係が変わっても、既に成立している労働契約の内容は、それだけでは変わりません。統合とは、多数の労働契約の内容を、同じ方向に変更していく作業にほかなりません。
結論から申し上げます。労働条件を引き下げる方向の統合は、個々の労働者との合意によるか、就業規則の変更が合理的と認められるかのいずれかによらなければ効力を生じず、いずれの道も、不利益の程度に応じた経過措置を欠いたまま進めることはできません。労働契約法第9条は、使用者は労働者と合意することなく就業規則を変更することにより労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできないと定めています。以下、順に御説明します。
本記事が扱う場面と、扱わない場面
制度の統合は、承継の手続とは別の段階の作業ですので、次のとおり切り分けます。
- 買収した会社の労働条件を自社の制度に揃えていく場面……本記事
- 事業譲渡又は会社分割によって労働契約そのものを移す場面……事業譲渡及び会社分割における従業員の承継の違いと手続
- 買収の前に、売主の側で未払の割増賃金を精算する場面……M&Aの前に判明した未払賃金等の労務上の債務を是正する手順
- 統合の後に、元従業員から割増賃金の請求を受けた場面……残業代請求への対応|元従業員から請求された場合の反論の組み立て方(使用者側)
買収した会社の賃金体系が自社と違うという場面
統合の必要が語られる理由は、三つに整理できます。第一に、同じ職務に従事する者の間で処遇が異なることによる不満です。第二に、給与計算、評価、昇給の各手続を二重に運用することの負担です。第三に、人員の配置転換を行おうとしたときに、条件が違うために動かせないという制約です。
もっとも、この三つはいずれも、買収した側の都合です。買収された会社の従業員から見れば、統合とは、これまでの条件が変わることを意味します。上がる者もいれば下がる者もおり、下がる者は必ず生じます。
したがって、統合の検討は、制度の設計からではなく、影響の測定から始めます。全員について、現行の制度による年間の支給見込額と、統合後の制度による年間の支給見込額を並べ、差額を算出します。
労働条件を下げる方向の変更には、二つの道しかありません
労働契約法第8条は、労働者及び使用者は、その合意により、労働契約の内容である労働条件を変更することができると定めています。これが第一の道です。もう一つは、就業規則の変更によるものです。同法第10条は、使用者が変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が一定の事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は変更後の就業規則に定めるところによるものとすると定めています。
この二つ以外の方法はありません。親会社の決定であること、株主が変わったこと、経営統合の必要があること。いずれも、それ自体では労働条件を変更する根拠になりません。
どちらの道を選ぶかは、対象となる人数と、不利益の程度によって決まります。人数が少なく、個別の説明に時間を割くことができるのであれば、合意による方法が確実です。人数が多い場合には就業規則の変更によらざるを得ませんが、その場合には合理性の説明を尽くす必要が生じます。
個別の同意による変更で問われる自由な意思
合意による変更で最も誤解されているのが、同意書に署名を得れば足りるという理解です。実務上、賃金や退職金という重要な労働条件を引き下げる合意については、署名の有無だけでなく、労働者が自由な意思に基づいて同意したと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するかどうかが問われます。
これを満たすために必要なのは、情報の提供です。具体的には、変更の対象となる項目、変更前と変更後の金額、年間の差額、その状態が何年続くのか、経過措置の有無と期間、そして同意しない場合にどうなるのかを、書面で示します。「制度を統一します」という説明だけで得た同意は、後に効力を否定されます。
手続の面では、説明から署名までに検討の期間を置いてください。説明会の場で書面を配り、その場で署名を求める方法は避けます。また、同意しないことによって不利益な取扱いをしない旨を明示し、実際にそのとおり運用します。同意しなかった者に対して配置や評価で不利に扱えば、他の者から得た同意の効力にも影響します。
就業規則の変更による変更が認められるための考慮要素
労働契約法第10条は、合理性の判断において考慮すべき事情を列挙しています。労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況、その他の就業規則の変更に係る事情です。会社の側は、この項目ごとに資料を用意します。
不利益の程度については、先に作成した差額の一覧が資料となります。何名について、年間いくらの減少が生じ、それが年収に占める割合は何パーセントか。これを層別に示します。必要性については、統合を行わない場合に生ずる具体的な支障を、数値で示します。管理費用の額、二重運用に要する人員の工数、配置転換ができないことによる欠員などです。
内容の相当性については、経過措置の内容が中心となります。交渉の状況については、労働組合又は従業員の代表者との協議の回数、提示した資料、出された意見と、それに対して行った修正の内容を記録に残します。
手続の面では、労働基準法第90条第1項が、就業規則の作成又は変更について、当該事業場に労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、それがないときは労働者の過半数を代表する者の意見を聴かなければならないと定めています。同法第89条は就業規則の作成及び届出の義務を定め、同法第106条第1項は、就業規則を常時各作業場の見やすい場所へ掲示し、又は備え付けること、書面を交付することその他の方法によって労働者に周知させなければならないと定めています。周知は、労働契約法第10条が定める要件でもありますので、実施の記録を残してください。
経過措置及び調整給をどのように設計するか
経過措置は、統合の可否を左右する要素です。新旧の制度の差額を、一定の期間にわたって補填し、段階的に縮小させる方法が用いられます。設計にあたって決めるべきは、補填の範囲、期間、逓減の方法、そして対象者の範囲です。
補填の範囲は、月々の賃金の差額に限るのか、賞与の差額を含めるのかを決めます。期間は、不利益の程度に応じます。年収の1割を超える減少が生じる層については、より長い期間を設定します。逓減の方法は、期間の全体にわたって定額を支給した後に一度に打ち切る方法よりも、毎年一定の割合ずつ減らす方法の方が、不利益を緩和する趣旨に適います。
調整給を支給する場合には、その性質を規程に明記してください。基本給に組み入れるのか、独立の手当とするのか。割増賃金の算定の基礎に含めるのかどうか。退職金の算定の基礎に含めるのかどうか。これらを定めずに支給を始めますと、数年後に別の争いが生じます。
退職金及び企業年金の統合で生ずる問題
退職金は、統合の中で最も慎重な扱いを要する項目です。長期間にわたって積み上がる性質を持ちますので、算定式を変更すると、勤続年数の長い者ほど影響が大きくなります。
基本となる考え方は、統合の日を境として期間を区切ることです。統合の日までの期間については従前の算定式により、その日以後の期間については新しい算定式によるという設計をとれば、既に積み上がった部分は減りません。実務では、統合の日における自己都合による退職を仮定した額を算出し、これを最低保障額として規程に定める方法が用いられます。
企業年金がある場合には、さらに手続が加わります。確定給付企業年金では、給付の減額について法令上の要件と加入者の同意等の手続が定められており、規約の変更には行政庁の承認を要します。確定拠出年金への移行を行う場合にも、制度ごとの手続が必要です。これらは所轄の官庁との事前の協議を含みますので、通常の就業規則の変更よりも長い期間を見込んでください。
労働協約がある場合の制約
買収した会社に労働組合があり、労働協約が締結されている場合には、就業規則の変更だけでは労働条件を変更できません。
労働組合法第16条は、労働協約に定める労働条件その他の労働者の待遇に関する基準に違反する労働契約の部分は無効とし、無効となった部分は基準の定めるところによると定めています。就業規則を変更しても、労働協約の基準に達しない部分は効力を生じません。したがって、協約の対象となっている事項については、まず労働組合との協議によって協約を改定する必要があります。
協約の改定は、同法第14条により、書面に作成し、両当事者が署名し、又は記名押印することによって効力を生じます。また、同法第17条は、一の工場事業場に常時使用される同種の労働者の4分の3以上の数の労働者が一の労働協約の適用を受けるに至ったときは、当該工場事業場に使用される他の同種の労働者に関しても、当該労働協約が適用されると定めています。組合員でない従業員についても協約の効力が及ぶ場合がありますので、適用の範囲を先に確認してください。
なぜ統合を急ぐと後で覆されるのか
統合の日程は、経営の側の都合で決まります。年度の始まり、システムの切替え、人事の年間の運用。いずれも動かしにくい事情です。そこで、説明と協議の期間が圧縮されます。
圧縮された手続は、後に検証されます。検証されるのは、実施した日から数年後です。退職した従業員が、引き下げられた退職金の差額を請求する。在職している従業員が、引き下げられた賃金の差額を過去にさかのぼって請求する。この段階で問われるのは、統合の必要性そのものではなく、その時に何をしたかという事実です。何回説明したか、どのような資料を配ったか、出された意見にどう応えたか、経過措置をどう設計したか。
記録がなければ、合理性を裏付ける手立てがありません。しかも、一人について変更が無効とされれば、同じ制度が適用された他の従業員についても同じ結論が導かれます。差額は人数分だけ生じ、遅延損害金が加わります。統合の日程は、説明と協議に要する期間を先に確保したうえで決めてください。
弁護士に任せられる範囲と、依頼の時期
弁護士が担うのは、影響の測定の設計、変更の方法の選択、同意書及び説明資料の作成、就業規則及び賃金規程の改定案の作成、経過措置と調整給の条項の設計、労働組合との協議の進め方の設計と同席、労働協約の改定案の作成、そして意見聴取、届出及び周知の手続の管理です。
依頼の時期は、統合の方針を決める前です。影響の測定の結果によっては、統合の範囲そのものを見直すべき場合があります。
いま確認していただきたいこと
買収した会社の就業規則、賃金規程、退職金規程、賞与規程、旅費規程を集め、自社のものと項目ごとに並べた対照表を作成してください。手当については、名称ではなく支給の要件と金額で対応関係を確認します。次に、全従業員について、現行制度と統合後の制度による年間の支給見込額を算出し、差額の大きい順に並べてください。
あわせて、退職金について、統合の日に自己都合により退職したと仮定した場合の額を全員分算出してください。これが最低保障額の基礎になります。最後に、労働組合の有無、労働協約の有効期間、協約が定めている事項の範囲、そして過半数代表者の選出の方法を確認してください。
よくあるご質問
親会社と同じ制度にするのですから、統合は当然に認められませんか
資本関係は労働条件を変更する根拠になりません。買収された会社の従業員との労働契約は、その会社との間で成立しているものであり、内容の変更には労働契約法第8条による合意か、同法第10条の要件を満たす就業規則の変更が必要です。
賃金が上がる者と下がる者がいる場合、全体として得なら問題ありませんか
判断は、労働者ごとに行われます。全体の総額が増えていても、個々の労働者にとって不利益であれば、その者との関係では不利益変更です。差額の一覧を層別に作成し、下がる層について経過措置を設計してください。
同意しない従業員だけ、従前の条件のままとしてよいですか
そのような取扱いも可能です。制度上は新しい規程を適用しつつ、当該従業員については従前の条件を維持する旨を個別に定めます。ただし、この状態を長く続けますと運用が複雑になりますので、期限を定めて再度の協議を行う設計としてください。
就業規則を変更する際、意見書に反対と書かれた場合はどうなりますか
労働基準法第90条第1項が求めているのは意見を聴くことであり、同意を得ることではありません。反対の意見が付されていても届出はできます。もっとも、その意見の内容は、労働契約法第10条の合理性の判断において考慮されますので、指摘された点について検討し、修正の可否を回答した記録を残してください。
おわりに
労働条件の統合は、制度を作る作業ではなく、合意を積み上げる作業です。差額を測り、経過措置を設計し、資料を配って説明し、出された意見に応え、その全部を記録に残す。この順序を踏めば、統合は完了した時点で確定し、後から覆ることはありません。急ぐべきは日程ではなく、影響の測定に着手する時期です。必ず解決できますから、一緒に頑張りましょう。
M&Aの後の労働条件の統一に関する御相談
弁護士法人M&A総合法律事務所 電話番号 03-6435-8418
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出典
- 労働契約法第8条(労働契約の内容の変更)、第9条(就業規則による労働契約の内容の変更)、第10条(就業規則による労働契約の内容の変更)
- 労働基準法第89条(作成及び届出の義務)、第90条第1項(作成の手続)、第106条第1項(法令等の周知義務)
- 労働組合法第14条(労働協約の効力の発生)、第16条(基準の効力)、第17条(一般的拘束力)
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