採算の合わない一部門を切り離し、同業の会社へ移すことを決めた。移す方法として、事業譲渡と会社分割のいずれも提案を受けたが、税務と登記の説明ばかりで、そこで働いている28名がどうなるのかは誰も説明してくれない。手続に入る直前になって、この点を確認したいという御相談を受けます。
従業員の扱いは、この二つの方法で最も大きく異なる部分です。事業譲渡は、個々の権利義務を一つずつ移す取引です。会社分割は、権利義務の集合を包括的に移す組織の再編です。この構成の違いが、そのまま労働契約の移り方の違いになります。手続の名称ではなく、この構成の違いから考えなければ、必要な手続を落とします。
結論から申し上げます。事業譲渡では従業員一人ひとりの同意がなければ労働契約は移らず、会社分割では分割契約等の定めに従って労働契約が当然に移りますので、必要となる作業も、確保すべき期間も、まったく別のものになります。民法第625条第1項は、使用者は労働者の承諾を得なければその権利を第三者に譲り渡すことができないと定めており、事業譲渡における同意の要否は、この規定に由来します。以下、順に御説明します。
本記事が扱う場面と、扱わない場面
従業員を移す場面は、移す手続と、移した後の処遇とで論点が分かれますので、次のとおり切り分けます。
- 事業譲渡又は会社分割によって労働契約を移す手続の場面……本記事
- 移した後に、賃金体系や退職金制度を一つに揃える場面……M&Aの後に労働条件を統一する場合の不利益変更の限界
- 移す前に、未払の割増賃金を洗い出して精算する場面……M&Aの前に判明した未払賃金等の労務上の債務を是正する手順
- 手続に納得しない従業員から労働審判の申立てを受けた場面……労働審判・労働訴訟への対応|申立てを受けた会社が最初にすべきこと(使用者側)
同じ「事業を移す」でも、従業員の扱いが正反対になります
会社法第2条第29号は吸収分割を、同条第30号は新設分割を定義しています。いずれも、会社がその事業に関して有する権利義務の全部又は一部を、他の会社又は新たに設立する会社に承継させることを内容とします。承継の効果は法律の規定によって生じ、個別の移転の手続を要しません。
これに対し、事業譲渡には、権利義務が包括的に移転するという効果がありません。会社法第467条第1項第1号は、事業の全部の譲渡について株主総会の決議による承認を要すると定めていますが、これは会社の内部の意思決定に関する規律であって、譲渡の対象となる個々の権利義務が相手方に移る根拠ではありません。資産は引渡しにより、債権は譲渡と対抗要件により、契約上の地位は相手方の承諾により、それぞれ移転します。
この構造の違いから、二つの帰結が導かれます。第一に、事業譲渡では、移したい従業員から同意が得られなければ、その従業員は移りません。第二に、会社分割では、移したくない従業員であっても、分割契約等に定めがあり、かつ法律上の要件を満たせば移ります。作業の性質は、前者が「集める」作業、後者が「区分する」作業です。
事業譲渡では個別の同意が必要となります
民法第625条第1項が定めるのは、使用者の側からの権利の譲渡に労働者の承諾を要するという原則です。譲渡会社と譲受会社の間で従業員の引継ぎを合意しても、それだけでは当該従業員の労働契約は移りません。実務では、譲受会社が新たに労働契約を申し込み、従業員がこれを承諾するという形をとります。
したがって、確保すべき作業は、対象者の確定、条件の提示、個別の説明、そして書面による同意の取得です。提示すべき条件は、賃金の額と構成、賞与の取扱い、勤務地、職務の内容、労働時間、勤続年数を通算するか否か、退職金の算定における従前の期間の扱い、そして年次有給休暇の残日数の引継ぎです。
同意を得られなかった従業員は、譲渡会社に残ります。譲渡会社に当該従業員が従事すべき業務が残らない場合、その処遇をどうするかという問題が別に生じます。事業譲渡を選ぶのであれば、この問題の解決策を、契約の締結前に用意しておく必要があります。
会社分割では労働契約が当然に承継されます
会社法第759条第1項は、吸収分割承継会社が効力発生日に吸収分割契約の定めに従い吸収分割会社の権利義務を承継すると定めています。同法第764条第1項は、新設分割設立会社がその成立の日に新設分割計画の定めに従い新設分割会社の権利義務を承継すると定めています。労働契約も、この権利義務に含まれます。
もっとも、契約の定めに全面的に委ねますと、会社が承継の対象を自由に選べることになります。そこで、会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律が、区分の基準を定めています。基準となるのは、当該労働者が承継される事業に主として従事しているかどうかです。
同法第3条は、承継される事業に主として従事する労働者であって、分割契約等にその労働契約を承継する旨の定めがあるものについては、その労働契約が承継会社等に承継されるものとすると定めています。この場合、当該労働者は異議を述べることができません。同意も不要です。承継の効果は、法律の規定によって生じます。
労働契約承継法が定める通知の期限
会社分割で最も落としやすいのが、通知の手続です。同法第2条第1項は、分割会社が、承継される事業に主として従事する労働者及び分割契約等に承継の定めがある労働者に対し、通知期限日までに、書面により通知しなければならないと定めています。
通知期限日は、分割契約等について株主総会の決議による承認を要する場合には、当該株主総会の日の2週間前の日の前日です。したがって、株主総会の招集の準備と並行して通知の準備を進めなければ間に合いません。分割の日程を組む際は、この日から逆算してください。
通知すべき事項は、当該労働者の労働契約を承継会社等が承継する旨の分割契約等の定めの有無、異議を申し出ることができる場合にはその旨、承継会社等の商号及び住所、承継会社等が行う事業の内容、就業させることとなる場所及び業務の内容、債務の履行の見込みに関する事項などです。通知を怠り、又は記載を欠いた場合、後に承継の効力そのものが争われる原因となります。
異議を申し出ることができる従業員の範囲
異議を申し出ることができるのは、二つの類型に限られます。同法第4条第1項は、承継される事業に主として従事する労働者であって、分割契約等にその労働契約を承継する旨の定めがないものは、異議を申し出ることができると定めています。主として従事しているのに残されるという場合です。異議が申し出られると、当該労働者の労働契約は承継会社等に承継されます。
同法第5条第1項は、承継される事業に主として従事する労働者以外の労働者であって、分割契約等にその労働契約を承継する旨の定めがあるものは、異議を申し出ることができると定めています。主として従事していないのに移されるという場合です。異議が申し出られると、当該労働者の労働契約は承継されません。
異議の申出は、分割会社が定める異議申出期限日までに、書面によって行うこととされています。会社の側が備えるべきは、「主として従事している」といえるかどうかの判断の資料です。従事する時間の割合、担当する顧客、指揮命令の系統、所属する組織、勤務する場所。これらを人員ごとに整理した表を、通知の前に完成させてください。
承継されない従業員が生ずる場合の取扱い
いずれの方法によっても、移らない従業員が残ります。事業譲渡では同意しなかった者、会社分割では異議を申し出た者及び定めの対象から外れた者です。この人員の処遇を、手続の前に決めておきます。
選択肢は三つです。第一に、譲渡会社又は分割会社に残る業務へ配置します。第二に、退職の条件を提示し、合意による退職を協議します。第三に、いずれも成り立たない場合に、解雇の可否を検討します。第三の選択肢について、労働契約法第16条は、解雇は客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして無効とすると定めています。
ここで注意すべきは、事業の一部を移したこと自体が、人員削減の必要性を裏付けるものではないという点です。むしろ、事業を譲り渡した対価を得ている以上、必要性の説明は難しくなります。配置の可能性を尽くし、退職の条件を協議する順序を踏まずに解雇へ進むことは、避けてください。
労働組合との協議をどの段階で行うのか
労働組合がある場合、協議の時期は、分割契約等の内容が固まる前です。内容が確定した後の説明は、協議ではなく通告として受け取られ、団体交渉の申入れを招きます。
会社分割については、労働契約承継法第7条が、分割会社は当該分割に当たり、その雇用する労働者の理解と協力を得るよう努めるものとすると定めています。これに加え、承継される事業に従事する労働者との個別の協議を行うべきものとされており、区分の理由と、承継後の労働条件を説明します。この協議を欠いた場合、承継の効力が争われる余地が生じます。
事業譲渡については、法律上の協議の手続は定められていません。もっとも、労働組合との間に労働協約があり、事業の譲渡や人員の異動について事前に協議する旨の条項が置かれている例は多く、その場合には協約上の義務として協議を要します。まず自社の労働協約の条項を確認してください。
なぜ会社分割の方が紛争になりにくいと言えないのか
同意を集める必要がないという点だけを見れば、会社分割は容易に見えます。しかし、紛争の生じ方が違うだけです。
事業譲渡の紛争は、実行の前に表面化します。同意しない従業員が現れれば、その時点で分かりますので、条件を見直すか、対象から外すかを判断できます。手続が進まないという形で問題が現れますので、修正が可能です。
会社分割の紛争は、実行の後に表面化します。通知の記載が不十分であった、区分の判断が誤っていた、個別の協議が形式的であった。これらはいずれも、承継の効力を争う形で主張され、効力発生日から相当の期間が経過した後に届きます。既に組織の再編が完了し、事業が動き始めた後に、特定の従業員の労働契約が移っていない、又は移ったままであるという結論が出ることの負担は、実行前の交渉の負担よりも大きくなります。容易に見える方法ほど、記録を厚く残す必要があります。
弁護士に任せられる範囲と、依頼の時期
弁護士が担うのは、方法の選択に関する労務の側面からの検討、主として従事する労働者の区分の判定、通知書及び異議申出書の様式の作成、日程表の作成、個別の説明の資料と同意書の作成、労働組合との協議の設計と同席、承継されない従業員に関する処遇の設計、そして分割契約書又は事業譲渡契約書のうち従業員に関する条項の作成です。
依頼の時期は、方法を決める前です。従業員の構成によっては、方法の選択そのものが変わります。通知期限日から逆算すると、区分の作業と資料の整備に要する期間を含め、効力発生日の3か月前には着手している必要があります。
いま確認していただきたいこと
移す予定の事業に関与している従業員の一覧を作成し、氏名、所属、職務の内容、当該事業に従事する時間の割合、指揮命令を受ける者、勤務する場所を記載してください。この表が、区分の判断の基礎になります。
次に、労働組合の有無と、労働協約に事前協議の条項があるかを確認してください。あわせて、就業規則、賃金規程、退職金規程について、譲渡会社又は分割会社のものと相手方のものを並べ、勤続年数の通算と退職金の算定の扱いを比較できる状態にしてください。最後に、株主総会の予定日を確認し、そこから2週間前の日の前日を通知期限日として日程表に記入してください。
よくあるご質問
事業譲渡で、従業員が同意しない場合はどうなりますか
その従業員の労働契約は譲渡会社に残ります。譲受会社が引き継ぐことはできません。残った従業員に担当させる業務がない場合には、配置の見直しか、退職の条件の協議か、その両方を行うことになります。同意を得られない可能性がある人員については、契約の締結前に対応を決めてください。
会社分割で、特定の従業員だけを移さないことはできますか
その従業員が承継される事業に主として従事している場合、分割契約等に定めを置かなければ、労働契約承継法第4条第1項により異議を申し出ることができ、申出があれば承継されます。主として従事しているかどうかは実態で判断されますので、恣意的な区分は通りません。
通知を書面で行わなかった場合、どうなりますか
労働契約承継法第2条第1項は書面による通知を求めています。口頭の説明のみでは要件を満たしません。通知を欠いた場合、当該労働者について承継の効力が争われる原因となります。交付の日付と受領の事実を記録に残す方法で行ってください。
移った後に、労働条件を相手方の会社に合わせてよいですか
承継の時点では、労働契約はその内容のまま移ります。承継の効果として労働条件が相手方の制度に置き換わることはありません。制度を揃える作業は、承継の後に、別の手続として行う必要があります。
おわりに
従業員を移す作業は、契約書の条項ではなく、人員の一覧表から始まります。誰が、どの事業に、どの程度従事しているのか。この事実を先に確定させれば、事業譲渡で誰から同意を得るのか、会社分割で誰に通知するのかが、そのまま決まります。日程は通知期限日から逆算し、説明と協議の記録を残す。この順序を守れば、承継の効力が後から覆ることはありません。必ず解決できますから、一緒に頑張りましょう。
事業譲渡及び会社分割における従業員の承継に関する御相談
弁護士法人M&A総合法律事務所 電話番号 03-6435-8418
受付時間 8:00-21:00(土日祝含む)
出典
- 民法第625条第1項(使用者の権利の譲渡の制限等)
- 会社法第2条第29号(吸収分割)及び第30号(新設分割)、第467条第1項第1号(事業譲渡等の承認等)、第759条第1項(吸収分割の効力の発生等)、第764条第1項(新設分割の効力の発生等)
- 会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律第2条第1項(労働者等への通知)、第3条(承継される事業に主として従事する労働者に係る労働契約の承継)、第4条第1項(承継される事業に主として従事する労働者の異議申出)、第5条第1項(その他の労働者の異議申出)
- 労働契約法第16条(解雇)
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