この記事の位置付け
本ページは、労働審判及び労働訴訟への対応に関する解説のうちの一つです。全体像は、次の中核となるページをご覧ください。
▶ 労働審判・労働訴訟への対応|申立てを受けた会社が最初にすべきこと(使用者側)
同じ主題を扱う関連ページ
M&Aの検討において、対象会社に労働組合が存在すること、合同労働組合(ユニオン)から団体交渉の申入れを受けていること、又は過去に労働争議があったことが判明すると、買主は取引の実行を躊躇し、売主は企業価値の減額を求められることになります。結論から申し上げますと、労働組合の存在自体は違法でも異常でもなく、M&Aの障害となるのは、労使関係の実態を把握しないまま取引を進めること、及び取引に伴う手続(労働組合への説明、労働協約の承継、会社分割における労働者との協議等)を怠ることです。本記事では、使用者側の立場から、M&Aの各手法において労働組合及び労使紛争がどのように影響するか、デュー・ディリジェンスにおいて確認すべき事項、株式譲渡契約における手当、並びに取引の前後において会社が行うべき対応を解説します。
合同労働組合から団体交渉の申入れを受けた場合の対応は、関連記事「合同労働組合(ユニオン)から団体交渉の申入れを受けた会社の対応(使用者側)」を、事業譲渡及び会社分割における従業員の承継は、関連記事「事業譲渡及び会社分割における従業員の承継の違いと手続」を御覧ください。
⇒労働審判・労働訴訟への対応(申立てを受けた会社が最初にすべきこと)はこちら
M&Aの手法ごとの労働組合との関係
株式譲渡
株式譲渡では、対象会社の法人格に変更はなく、労働契約、労働協約及び労使慣行は全てそのまま対象会社に残ります。株主が交代しても、対象会社が労働組合との間で締結していた労働協約(労働組合法第14条以下)は当然に効力を維持し、対象会社は引き続き団体交渉に応じる義務を負います。株式譲渡自体について労働組合の同意は必要ありませんが、労働協約に事前協議条項や同意条項がある場合には、その手続を履践しなければ、協約違反として争われ、取引後の労使関係が悪化する原因となります。
事業譲渡
事業譲渡では、譲渡される事業に従事する労働者の労働契約は、個別の同意を得て譲受会社に承継されます(民法第625条第1項)。労働協約は当然には承継されませんので、譲受会社において労働組合との関係をどのように構築するかを事前に検討する必要があります。譲渡対象から特定の労働者を除外することは可能ですが、労働組合の組合員であることを理由に承継から除外することは、不当労働行為(労働組合法第7条第1号)に当たります。
会社分割
会社分割では、分割計画書又は分割契約書の定めにより、承継される事業に主として従事する労働者の労働契約が包括的に承継されます。会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律は、分割会社に対し、労働者との個別の協議(同法附則第5条に基づく協議、いわゆる5条協議)、労働者及び労働組合への書面による通知(同法第2条)、並びに労働者の理解と協力を得るための努力(同法第7条、いわゆる7条措置)を義務付けています。労働協約についても、分割契約等の定めにより承継会社に承継させることができ(同法第6条)、承継されない場合には債務的部分について規範的な調整が生じます。これらの手続を怠った場合、労働者は労働契約の承継の効力を争うことができ、取引の安定性が損なわれます。
合併
合併では、消滅会社の権利義務の全てが存続会社又は新設会社に包括的に承継され、労働契約及び労働協約もそのまま承継されます。複数の労働組合が併存することになる場合には、それぞれの労働組合との間で誠実に団体交渉を行う義務があり、一方の労働組合を差別的に取り扱うことはできません。
デュー・ディリジェンスにおいて確認すべき事項
労働組合の有無と組織の状況
企業内労働組合の有無、組合員数と組織率、上部団体への加盟の有無、対象会社の従業員が加入している合同労働組合の有無、及び過去に団体交渉の申入れを受けた経緯を確認します。合同労働組合への加入は、会社が把握しないまま進んでいることがあり、団体交渉の申入書、労働委員会からの通知、労働基準監督署の是正勧告等の書類の有無を確認します。
労働協約及び労使慣行
労働協約の内容、特に、事前協議条項及び同意条項(人事異動、解雇、事業譲渡や会社分割等の組織再編に関するもの)、ユニオン・ショップ協定、チェック・オフ協定、便宜供与(組合事務所の貸与、組合活動のための就業時間中の離席等)の有無を確認します。労働協約に定めがなくても、長年の労使慣行として事実上の拘束力を持つ取扱いがある場合がありますので、労使協議の議事録や過去の合意文書を確認します。
労使紛争の状況
現に係属している労働審判、訴訟、労働委員会における不当労働行為の救済申立て及びあっせんの有無、過去の争議行為(ストライキ、怠業、ピケッティング等)の有無と経緯、並びに労働組合との間の未解決の要求事項を確認します。個々の紛争の見通しと会社が負担する可能性のある金額は、偶発債務として企業価値の評価に反映させます。
個別の労務上の債務
労働組合の要求の多くは、未払残業代、不利益変更された労働条件の回復、解雇や雇止めの撤回、ハラスメントへの対応等の個別の労務問題に由来します。労働組合の存在は、これらの問題が顕在化する可能性を高める要素ですので、労働時間管理、賃金制度、就業規則の変更の経緯、及び退職者との紛争の有無を併せて確認します。
株式譲渡契約における手当
表明保証
株式譲渡契約においては、売主に対し、対象会社に労働組合が存在しないこと又は存在する労働組合の内容が開示されたとおりであること、係属中又はそのおそれのある労働争議及び労働紛争が存在しないこと、労働協約及び労使慣行が開示されたとおりであること、並びに労働関係法令を遵守していることについて表明保証を求めることが一般的です。表明保証の対象となる事実のうち、デュー・ディリジェンスにおいて判明したものは開示別紙に記載し、表明保証の例外とします。
補償及び価格調整
表明保証に違反した場合の補償条項に加え、判明している労使紛争や未払賃金については、その見込額を譲渡価格から控除するか、特別補償条項により売主が負担することを定めます。紛争の帰趨が取引の実行後に確定する場合には、譲渡代金の一部を留保し、又はエスクローとすることも検討します。
クロージングの前提条件及び誓約事項
労働協約上の事前協議条項がある場合には、協議の完了を取引実行の前提条件とすることがあります。また、契約締結からクロージングまでの間に売主が労働組合との間で新たな合意をしないこと、及び労働条件を変更しないことを誓約事項として定めます。
取引の前後において会社が行うべき対応
労働組合への説明
労働組合が存在する場合、M&Aの公表の時期と方法は、インサイダー取引規制及び秘密保持との関係で制約を受けますが、公表後は速やかに労働組合に対して取引の内容と雇用及び労働条件への影響を説明し、質問に誠実に回答します。労働協約に事前協議条項がある場合には、その定めに従います。説明を怠ったまま取引を進めることは、労働組合の不信を招き、取引後の団体交渉を困難にします。
団体交渉への対応
M&Aに関する事項が団体交渉の対象(義務的団交事項)となるかは、事項の性質により異なります。取引の実施自体や株主の交代は経営専権事項として義務的団交事項に当たらないと解されていますが、取引に伴う雇用、労働条件及び職場環境への影響は義務的団交事項ですので、これらについての団体交渉の申入れを拒否することはできません(労働組合法第7条第2号)。交渉には、対象会社の権限ある者が出席し、資料に基づいて説明を行います。買主が対象会社の使用者として団体交渉の当事者となるのは、原則として取引の実行後ですが、取引前の段階でも、労働条件について現実的かつ具体的に支配している場合には使用者性が認められることがあります。
取引後の労働条件の統一
取引後に買主グループの労働条件と統一するために就業規則を変更する場合、労働者に不利益な変更は、労働契約法第10条の要件(変更の必要性、内容の相当性、労働組合等との交渉の状況等)を満たさなければ効力を生じません。労働組合との誠実な交渉の経過は、変更の合理性の判断において重視されます。詳細は、関連記事「M&Aの後に労働条件を統一する場合の不利益変更の限界」を御覧ください。
不当労働行為の回避
組合員であることを理由とする不利益な取扱い、団体交渉の拒否、及び労働組合の運営に対する支配介入は、不当労働行為として禁止されています(労働組合法第7条)。M&Aの過程で、組合員を承継の対象から除外すること、組合からの脱退を働きかけること、又は組合を通さずに組合員と個別に取引の条件を交渉することは、いずれも不当労働行為と判断されるおそれがあり、労働委員会の救済命令の対象となります。
弁護士に相談する時期と、費用の考え方
労働組合又は労使紛争が存在する対象会社のM&Aは、デュー・ディリジェンスの段階から労働法の専門的な検討を要します。買主の立場では、労使関係の実態と偶発債務の評価、契約上の手当の設計、及び取引後の労使関係の構築の方針を、売主の立場では、開示の範囲と表明保証の限定、労働組合への説明の時期と内容を、取引の初期の段階で御相談いただくことをお勧めします。当事務所では、M&Aに関する法務と使用者側の労働問題の双方を取り扱っており、労務デュー・ディリジェンス、株式譲渡契約等の作成及び交渉、労働組合への対応、団体交渉への同席、並びに取引後の労働条件の統一に関する助言を一体として提供しています。費用は、案件の規模と関与の範囲に応じて事前に御説明します。
⇒労働審判・労働訴訟への対応(申立てを受けた会社が最初にすべきこと)はこちら
よくあるご質問
対象会社に労働組合があります。M&Aは断念すべきですか。
労働組合の存在自体はM&Aの障害ではありません。労働協約の内容、労使関係の実態、係属中の紛争の有無と見通しを確認し、契約上の手当と取引後の対応方針を定めたうえで判断してください。労使関係が安定している対象会社は、むしろ従業員の定着の面で評価できることもあります。
株式譲渡について労働組合の同意は必要ですか。
法律上、株式譲渡に労働組合の同意は必要ありません。ただし、労働協約に事前協議条項や同意条項がある場合には、その手続を履践する必要があります。手続を怠ると協約違反として争われ、取引後の労使関係が悪化します。
M&Aの計画について団体交渉を申し入れられました。応じる義務がありますか。
取引の実施自体は経営専権事項として義務的団交事項に当たらないと解されていますが、取引に伴う雇用、労働条件及び職場環境への影響は義務的団交事項であり、これらについての交渉を拒否することはできません。誠実に交渉に応じてください。
事業譲渡で、組合員である従業員を承継の対象から外すことはできますか。
組合員であることを理由に承継から除外することは不当労働行為に当たります。承継の対象は、事業との関連性等の合理的な基準により定める必要があります。
売主として、労働組合とのトラブルを買主に伝えなければなりませんか。
株式譲渡契約において労働紛争の不存在等を表明保証することが通常ですので、開示しなければ表明保証違反として補償責任を負うことになります。判明している事実は開示別紙に記載して表明保証の例外とすることが、売主にとっても安全です。
まとめ
M&Aにおいて労働組合及び労使紛争が問題となるのは、労使関係の実態を把握せずに取引を進めた場合と、取引に伴う法定の手続や労働協約上の手続を怠った場合です。株式譲渡では労働協約と団体交渉義務がそのまま残り、事業譲渡では労働者の個別の同意が必要であり、会社分割では労働契約承継法に基づく通知、協議及び措置が義務付けられます。デュー・ディリジェンスで労働組合、労働協約、労使紛争及び個別の労務上の債務を確認し、表明保証、補償及び価格調整により契約上の手当を行い、取引の前後において労働組合に誠実に対応することが、取引の安定と取引後の円滑な経営につながります。
具体的なご相談をお考えの皆様へ
本ページの主題に関し、当事務所の取扱内容、対応の進め方及び費用の考え方は、次のご案内のページに整理しています。あわせてご覧ください。






















