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労働基準監督署から「労働条件等に関する調査」の来署の依頼が届いた、あるいは、予告なく労働基準監督官が事業場を訪れた、という段階でご相談をいただくことが増えています。経営者の立場では、何を調べられるのか、どこまで資料を出さなければならないのか、是正勧告を受けたら未払の残業代を全従業員に遡って支払わなければならないのか、送検されることがあるのか、という不安が先に立ちます。結論から申し上げますと、労働基準監督署の調査は、労働基準法に基づく行政の監督であり、会社には調査に応じる義務がある一方、調査の範囲と是正の方法については、法令の定めと事案の実情を踏まえて会社の側から説明し、協議する余地があります。対応を誤らないための要点は、調査を拒み又は虚偽の説明をしないこと、指摘された事項を法令に照らして正確に理解すること、是正報告書を期限内に、実行可能な内容で提出すること、及び是正を機に労務管理の体制を整えることです。本記事では、使用者側の立場から、労働基準監督署の調査の種類と権限、当日の対応、是正勧告への対応及び是正報告書の作成の要点を解説します。
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労働基準監督署の調査の種類と法律上の権限
調査の種類
労働基準監督署が行う事業場への調査は、監督と呼ばれ、主に4つの種類があります。第一に、定期監督は、その年度の監督の重点対象(長時間労働が疑われる事業場、特定の業種等)に基づき、監督署が計画的に選んだ事業場に対して行うものです。第二に、申告監督は、従業員又は退職者が労働基準監督署に対して法令違反の事実を申告(労働基準法第104条第1項)したことを契機に行うものです。第三に、災害時監督は、労働災害が発生した事業場に対し、原因の究明と再発の防止のために行うものです。第四に、再監督は、是正勧告を受けた事業場について、是正の状況を確認するために行うものです。申告監督の場合、監督官は申告者を明らかにしませんが、調査の項目(特定の従業員の労働時間、退職者の未払賃金等)から契機を推測できることが多く、その場合であっても、申告をしたことを理由とする解雇その他の不利益な取扱いは禁止されています(同条第2項)。
監督官の権限と会社の義務
労働基準監督官は、事業場に立ち入り、帳簿及び書類の提出を求め、使用者又は労働者に対して尋問を行う権限を有しています(労働基準法第101条第1項)。労働安全衛生法上も同様の権限があります(同法第91条)。また、監督署長及び監督官は、使用者又は労働者に対し、必要な事項を報告させ、又は出頭を命じることができます(労働基準法第104条の2)。監督官の臨検を拒み、妨げ、若しくは忌避し、尋問に対して陳述をせず、若しくは虚偽の陳述をし、又は帳簿書類を提出せず、若しくは虚偽の記載をした帳簿書類を提出した場合には、30万円以下の罰金に処せられます(同法第120条第4号及び第5号)。したがって、調査には応じる義務があり、資料の改ざんや虚偽の説明は、それ自体が独立の犯罪となるうえ、悪質な事案として送検の判断に直結しますので、絶対に行ってはなりません。他方、監督官の求めに対して即答できない事項について、確認のうえ後日回答すると述べること、及び弁護士や社会保険労務士を同席させることは、調査の拒否や妨害には当たりません。
労働基準監督官は司法警察員でもあります
労働基準監督官は、労働基準法違反の罪について、刑事訴訟法に規定する司法警察員の職務を行います(労働基準法第102条)。通常の監督は行政上の監督として行われますが、是正勧告に従わない場合、違反が重大又は悪質である場合、及び虚偽の説明や資料の隠蔽があった場合には、監督官が捜査を行い、検察官に送致(送検)することがあります。送検された事案は、企業名とともに公表されることがあります。行政上の監督から刑事手続への移行は、会社の対応の誠実さに大きく左右されますので、初動の段階から誠実な対応を貫くことが重要です。
調査の当日までの準備
求められる資料
来署の依頼の文書には、持参すべき資料が列挙されています。予告のない臨検の場合にも、その場で同様の資料の提示を求められます。典型的な資料は、次のとおりです。会社の組織図及び労働者名簿(労働基準法第107条)、賃金台帳(同法第108条)、出勤簿又はタイムカード等の労働時間の記録(同法第109条により保存が義務付けられ、保存期間は5年、当分の間は3年とされています。)、就業規則及びその届出の控え(同法第89条)、時間外労働及び休日労働に関する協定届(同法第36条。いわゆる36協定)、変形労働時間制やみなし労働時間制を採用している場合の労使協定及び就業規則の定め、労働条件通知書又は雇用契約書(同法第15条)、年次有給休暇管理簿(労働基準法施行規則第24条の7)、健康診断個人票(労働安全衛生法第66条)、産業医及び衛生管理者の選任の届出(常時50人以上の労働者を使用する事業場)、並びに長時間労働者に対する医師による面接指導の記録(同法第66条の8)です。これらの資料は、法令上作成と保存が義務付けられているものが大半ですので、存在しない資料がある場合には、その事実自体が是正の対象となります。
事前の自己点検
調査の日までに、会社は、提出する資料を自ら点検し、指摘されると見込まれる事項を把握しておきます。特に、労働時間の記録と賃金台帳との整合(記録上の時間外労働に対応する割増賃金が支払われているか)、36協定の締結と届出の有無及び協定の限度時間を超える時間外労働の有無、管理監督者として扱っている者の範囲、固定残業代の定めの明確性、年5日の年次有給休暇の取得(労働基準法第39条第7項)、及び最低賃金の充足は、重点的に確認される項目です。事前の点検により問題を把握しておけば、調査の当日に事実と異なる説明をしてしまう事態を避けることができ、是正報告書の作成にも早期に着手できます。なお、点検の結果として問題が判明した場合であっても、資料を作り直し、又は記録を削除することは絶対に行ってはなりません。
対応者の選定
調査には、労務管理の実情を正確に説明できる者(人事労務の責任者又は代表者)が対応します。説明する者を一人に定め、他の従業員が推測に基づいて回答することのないようにします。監督官が従業員に対して直接尋問を行うことがありますが、会社がこれを妨げること、及び従業員に対して事実と異なる説明をするよう指示することは、いずれも許されません。弁護士が同席する場合、会社の説明を法的に整理し、監督官の指摘の法的な根拠を確認する役割を担います。
調査の結果として交付される文書
調査の結果、法令違反が認められた場合には、是正勧告書が交付されます。是正勧告書には、違反している法令の条項、違反の事実及び是正の期日が記載されます。法令違反には当たらないものの改善が望ましい事項については、指導票が交付されます。労働安全衛生法違反により危険が切迫している場合等には、機械設備の使用停止や作業の停止を命じる使用停止等命令書(労働安全衛生法第98条)が交付されることがあります。是正勧告は、法律上は行政指導であり、それ自体に法的な強制力はありませんが、是正勧告の対象となった事実は法令違反であり、勧告に従わずに放置した場合には、再監督を経て送検の判断に至ることがありますので、実務上は、期日までに是正して報告することが不可欠です。是正勧告書の受領に際しては、受領印を求められますが、これは受領の事実を確認するものであり、記載された事実をすべて認めるものではありません。事実関係に異なる認識がある場合には、その場で又は後日、書面により説明します。
是正勧告への対応と是正報告書の作成
指摘事項の法的な整理
是正勧告書に記載された各事項について、まず、指摘された法令の条項と事実関係を正確に理解します。例えば、割増賃金の不払の指摘であれば、どの期間の、どの従業員の、どの時間についての不払であるか、算定の基礎となる賃金に何が含まれているかを確認します。監督官の認定した事実に誤りがあると考える場合には、資料に基づいて説明し、是正の範囲について協議します。指摘を争うことと調査を拒むこととは異なりますので、根拠のある説明は行うべきです。
未払賃金の遡及払いの範囲
割増賃金の不払について是正勧告を受けた場合、是正の内容は、不払分の支払(遡及払い)と、以後の不払を生じさせない体制の整備の2つです。遡及して支払う期間は、事案と監督署の判断により異なりますが、申告者のみならず、同様の状態にある全従業員について是正を求められるのが通常です。賃金請求権の消滅時効は、令和2年4月1日以降に支払期日が到来した賃金については3年(労働基準法第115条及び同法附則第143条第3項)ですので、法律上は3年分が上限となりますが、監督署の指導においては、労働時間の記録が存在する期間や不払の態様を踏まえて遡及の期間が示されます。支払額の算定に当たっては、労働時間の記録がない期間について、入退館の記録や業務システムのログ等から労働時間を推計する必要が生じることがあります。遡及払いの規模が大きく、一括での支払が資金繰り上困難である場合には、分割払いの計画を示して協議することも考えられますが、支払の義務自体を免れることはできません。
是正報告書の記載
是正報告書には、是正勧告書の各項目に対応して、是正の内容、是正の日、及び是正を裏付ける資料(支払を証する賃金台帳や振込の記録、改定後の就業規則と届出の控え、新たに締結した36協定の届出の控え、労働時間の把握の方法を改めたことを示す資料等)を添付して提出します。期日までに是正が完了しない項目がある場合には、期日の前に監督署へ連絡し、是正の計画と完了の見込みを示したうえで、報告の時期について協議します。連絡をしないまま期日を徒過することは、勧告を無視したものと受け取られますので、避けなければなりません。是正報告書の提出後、監督署が再監督を行い、是正の状況を確認することがあります。
労働時間の把握の体制
割増賃金の不払の是正において最も重要なのは、以後の労働時間を客観的な方法により把握する体制を整えることです。会社は、労働安全衛生法第66条の8の3により、面接指導の実施のために労働者の労働時間の状況を把握する義務を負い、厚生労働省の「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」(平成29年1月20日)は、タイムカード、パソコンの使用時間の記録等の客観的な記録を基礎として始業及び終業の時刻を確認することを原則としています。自己申告制を採る場合には、実態との乖離を調査し是正する措置が求められます。労働時間の把握の方法を改めることは、遡及払いの対象となる期間を確定させ、将来の不払の発生を止めるという二重の意味を持ちます。
M&Aにおける是正勧告の取扱い
是正勧告を受けた事実及びその是正の状況は、M&Aにおいて対象会社の労務上の偶発債務を評価する重要な資料です。買主は、労務デュー・ディリジェンスにおいて、過去の是正勧告書、指導票及び是正報告書の写しの開示を求め、是正が完了しているか、同様の違反が現在も継続していないかを確認します。株式譲渡契約においては、労働基準監督署からの是正勧告や指導を受けていないこと、受けている場合には開示されたもの以外に存在しないことについて表明保証を求め、未是正の事項については特別補償や価格調整により手当します。是正勧告を受けた会社が売主となる場合には、是正を完了させ、その記録を整えておくことが、企業価値の減額を防ぐことにつながります。
弁護士に相談する時期と、費用の考え方
労働基準監督署の調査への対応は、来署の依頼を受領した時点、又は臨検を受けた当日にご相談いただくことをお勧めします。事前の自己点検により指摘事項を予測し、調査の当日の説明を整理することで、事実と異なる説明や不必要に広い範囲の是正を避けることができます。当事務所では、使用者側の立場から、調査前の資料の点検と対応方針の策定、調査への同席、是正勧告の内容の法的な検討、未払賃金の算定と遡及払いの計画の策定、是正報告書の作成、就業規則及び36協定の整備、並びに労働時間の把握の体制の構築に関する助言を取り扱っています。費用は、事業場の規模と関与の範囲に応じて事前にご説明します。
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よくあるご質問
来署の依頼が届きました。指定された日に都合がつかない場合、日程の変更はできますか。
できます。監督署に連絡し、対応者の都合と資料の準備の状況を伝えて、日程の調整を依頼してください。ただし、理由なく先延ばしを繰り返すことは調査の忌避と受け取られかねませんので、速やかに代替の日程を提示してください。
従業員の誰が申告したのかを教えてもらえますか。
監督署は申告者を明らかにしません。調査の項目から推測できる場合であっても、申告を理由とする解雇、配置転換その他の不利益な取扱いは労働基準法第104条第2項により禁止されており、それ自体が新たな違反となります。
是正勧告に納得できません。従わなければどうなりますか。
是正勧告は行政指導であり法的な強制力はありませんが、勧告の対象となった事実は法令違反です。事実の認定に誤りがあると考える場合には資料に基づいて説明し協議してください。根拠なく放置した場合には、再監督を経て送検されることがあり、企業名が公表されることもあります。
未払の残業代は、申告した元従業員の分だけ支払えばよいですか。
是正勧告は、通常、同様の状態にある全従業員について是正を求めますので、申告者の分だけを支払えば足りるということにはなりません。遡及の期間と対象者の範囲は、労働時間の記録の状況と不払の態様を踏まえて監督署と協議してください。
弁護士に調査へ同席してもらうことはできますか。
できます。弁護士の同席は調査の妨害には当たりません。同席する弁護士は、会社の説明を法的に整理し、監督官の指摘の法的な根拠を確認する役割を担います。ただし、監督官が従業員に対して直接尋問を行うことを妨げることはできません。
まとめ
労働基準監督署の調査は、労働基準法第101条等に基づく行政の監督であり、会社には調査に応じる義務があります。調査を拒み、虚偽の説明をし、又は資料を改ざんすることは、それ自体が犯罪であり、送検の判断に直結します。他方、指摘された事項について資料に基づいて説明し、是正の範囲と方法について協議することは、会社の正当な対応です。是正勧告を受けた場合には、指摘事項を法令に照らして正確に理解し、未払賃金の遡及払いと労働時間の把握の体制の整備を行い、期日までに是正報告書を提出します。是正勧告の有無と是正の状況はM&Aにおける偶発債務の評価にも直結しますので、記録を整えておくことが重要です。来署の依頼を受領した時点で、使用者側の労働問題を取り扱う弁護士にご相談ください。
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