平成31年4月1日の働き方改革関連法の施行に伴い、成立したのが同一労働同一賃金のルールです。これによって、企業は正社員と非正社員の不合理な待遇格差を解消しなければならなくなりました。
では、同一労働同一賃金に対応する(待遇格差をなくす)ためには、どのようなことに注意しなければならないのでしょうか?労使間のトラブルや裁判を避けるために、企業が気を付けなければならない内容や変更すべきルールを確認しましょう。
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同一労働同一賃金とは
同一労働同一賃金とは、「同じような労働を行う者は本来同じような待遇をされるべきである」という思想から生まれたもので、もともとは、「国際労働機関(ILO)」で発展した考え方です。
日本の同一労働同一賃金ルールでは、次のような内容が求められています。①正社員と仕事の内容や配置転換の範囲、仕事内容の変更の範囲が同じパート社員、契約社員、派遣社員について、正社員と比較して差別的な賃金とすることが禁止されます。
➁正社員と仕事の内容や配置転換の範囲、仕事内容の変更の範囲が違うパート社員、契約社員、派遣社員については、正社員と異なる待遇とすることも許されますが、正社員と比較して不合理な待遇差を設けることが禁止されています。
同一労働同一賃金の目的
同一労働同一賃金ルールが定められた目的は、「正社員と非正社員の間の不合理な待遇格差を解消することにより、どのような雇用形態を選択しても、納得が得られる処遇を受けられ、多様な働き方を自由に選択できること」を目指すという点にあります。
これまで、日本では正社員と非正社員の賃金差や処遇の格差が非常に大きく、この実態を踏まえて、この格差解消を目的として導入されたルールだと言えます。
同一労働同一賃金のメリット・デメリット
では、次に同一労働同一賃金のメリットとデメリットについてみていきましょう。
同一労働同一賃金のメリット
①非正社員の待遇への納得感を高めることができる
同一労働同一賃金のルールの導入により、非正社員の待遇が向上し、非正社員の企業からの処遇に対する納得感が高まるというメリットが考えられます。
これまでは、同じ仕事をしているのに、正社員と非正社員という違いだけで、賃金やその他の処遇について大きな格差がありました。その格差が解消されるということですから、非正社員の企業からの処遇に対する不満も解消されると考えられます。
一方で、非正社員に正社員と同等の賃金を支給することになった場合には、非正社員に正社員と同様の処遇を与えるのですから、企業側は、非正社員に対し、正社員と同等の責任感を求めていくことになると考えられます。
➁キャリアアップしたい非正社員にも活躍の場を与えられる
正社員と同様の仕事をする非正社員については、企業は正社員と同等の人事考課、昇給の対象とし、また、正社員と同等の教育訓練の機会を与えてキャリアアップをさせていくことになります。
非正社員自身がキャリアアップを望む場合は、企業は、非正社員に対する適切なマネジメントを行うことによってその能力を十分に引き出し、非正社員の活躍の場を与えていくことができるようになります。引いては、企業は有能な人材を適正な仕事につけることができるという点でメリットがあると言えるでしょう。
同一労働同一賃金のデメリット
①人件費負担が大きくなる可能性がある
同一労働同一賃金のルールは、一般的にこれまで賃金の低かった非正社員の賃金を上げる方向に働きます。そのため、企業としては人件費の負担が大きくなる可能性があります。
このため、人件費の負担増を避けるため、さらに進んで、システム化、IT化に取り組むことによって、単純作業のために社員を雇用すること自体を減らそうとする企業も増えると予想されます。
➁人手不足への対応が必要になる
パート社員の中には配偶者の扶養に入ることができる、配偶者控除の年収の範囲内で仕事をしたいと考えている人も数多くいます。この場合、同一労働同一賃金のルールにより時給単価が上がると、扶養の範囲内で働くことができる時間数が減ることになります。
その結果、パート社員が担当していた仕事について、替わりに行う人を見つける必要が出てくることとなり、人手不足が起きる可能性があります。日本は少子高齢化に向かっており、労働人口が減っていることから、このような主にパート社員が行っていることが多い、単純作業については、さらにシステム化、IT化を進めていくことが、企業にとっての解決策の1つとなります。
同一労働同一賃金に対応するために必要な企業の対応
現時点で、正社員と契約社員やパート社員の待遇に格差があり、それが「同一労働同一賃金」のルールに違反すると判断される場合は、企業は正社員や契約社員やパート社員の待遇及び就業規則などの社内規則を見直すことが必要となります。企業の取るべき具体的な見直しのポイントは以下の通りです。
まずは現状の把握
まず、自社に正社員以外にどのような種類の従業員(契約社員、パート社員、嘱託社員など)がいて、どのような雇用形態、賃金体系なのかを確認することが必要です。
次に、正社員に支給されている賃金項目(各種手当や賞与、退職金など)のうち、正社員以外には支給されていなかったり、計算方法や支給額が異なったりするような賃金項目があるかどうかを確認します。
賃金項目(各種手当や賞与、退職金など)ごとに、正社員とそれ以外の従業員との間に待遇差がある場合は、その待遇差を合理的に説明できるかどうかを検証します。合理的に説明できないような場合には、待遇差を解消する措置をとる必要があります。
不合理な待遇差を解消する
不合理な待遇差がある場合、それを解消する方法としては、大きく分けて次の2つの方法があります。
①正社員と非正社員の仕事内容や役割の違いを明確にする方法
正社員と非正社員の仕事内容や役割の違いを明確にすることで、現在の待遇差を合理的に説明することができるようにする方法です。
具体的には以下の点を検討することになります。
- 非正社員の仕事内容や責任の程度を軽減することで、正社員との区別を明確にする
- 非正社員と正社員の間で、転勤の範囲や職務内容の変更の範囲の差を明確にする
- 非正社員の中でも正社員と同様の仕事をしている人は、正社員に登用する
②賃金制度を見直す方法
仕事内容や責任の程度の違いで説明をつけることができない待遇差があるときは、賃金制度の見直しが必要になります。具体的には以下の点を検討することになります。
- 正社員に支給されていて、非正社員には支給されていなかった手当等を非正社員にも支給することを検討する
- 正社員に支給されていて、非正社員には支給されていなかった手当等の廃止を検討する
しかし、2つ目の正社員の手当等の廃止をするには、慎重な対応が必要となります。特に手当等の廃止によって、正社員に不利益が出る場合は、経過措置を設けるなどして生活への打撃を緩和すること、従業員代表や労働組合との話し合いを重ねて理解を求めることが重要になってきます。経過措置等の緩和方法の具体例としては、次のようなものが考えられます。
✓正社員にだけ支給されていた手当を廃止して、正社員の基本給に廃止した手当分を加算する
✓正社員にだけ支給していた手当を廃止して、その原資を正社員数で平均した額を正社員の基本給に加算したうえで、それでも賃金が減る正社員については5年かけて徐々に減らすなどの経過措置を設ける
賃金規程、就業規則を改定する
正社員と非正社員の待遇差を解消する方策を実行するのと並行して、賃金規程や就業規則を見直すことが必要です。具体的には以下の2点を検討します。
A.賃金制度の見直しを規程に反映する
例えば、皆勤手当について合理的な理由なく、契約社員の賃金規程では、契約社員に皆勤手当が支給されない内容になっているような場合には、契約社員にも皆勤手当を支給する内容に、契約社員の賃金規程を変更することの検討が必要です。
B.手当の趣旨を明記する
例えば、「正社員は転勤の対象となるため住宅手当を支給する」が、契約社員は「転勤の対象とならないため不支給とする」というような場合には、住宅手当が「転勤による住宅費の負担を補填する手当」であるという手当の趣旨を賃金規程に記載しておきます。
正社員と非正社員の待遇差の適法性が争われた過去の裁判では、手当の趣旨についての会社と従業員側で主張が食い違い、会社の主張が認められず、会社が敗訴したものもあります。
このような敗訴リスクを回避するためには、あらかじめ、手当の趣旨を賃金規程に明記しておくことが効果的です。
なお、厚生労働省からも「不合理な待遇差解消のための点検・検討マニュアル」が公表されていますので、正社員と非正社員の不合理な待遇格差を解消するための、具体的な点検や検討方法について検討するために、参照することをお勧めします。
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待遇の合理性を主張するには、ガイドラインと判例を踏まえた検討が必要
同一労働同一賃金ルールのもとでも、正社員と非正社員の待遇に差があること自体が違法になるわけではなく、あくまで「不合理な待遇差」が違法になります。
正社員のほうが非正社員よりも高待遇になる企業が一般的なため、どのような賃金などの項目のどのような待遇差であれば合理的な範囲であると言えるのかを検討したうえで、同一労働同一賃金の問題に対応する必要があります。
そして、どのような待遇差であれば合理的な範囲と言えるかの検討をするにあたって重要になるのが、「過去の判例」と「同一労働同一賃金ガイドライン」です。以下では、この2つの基準をもとに、各賃金項目についての検討における注意点をご説明します。
なお、厚生労働省が作成した同一労働同一賃金ガイドラインでは、正社員と非正社員の待遇差について、「問題となる例」、「問題とならない例」などを示して解説しています。ただし、このガイドラインだけでは、具体的に正社員の賃金に対して何割程度の待遇差が許容されるかまでは明確ではないため、具体的に対応を検討するためには、これまでの判例もあわせて参照する必要があります。
基本給
基本給も同一労働同一賃金のルールが適用されます。同じ労働をしているのに、契約社員やパート社員であることを理由に不合理に低い基本給を設定することは違法になります。
〈基本給格差についてのガイドラインの記載〉
厚生労働省の同一労働同一賃金ガイドラインでは、基本給について以下のように記載されています。
①基本給であって、労働者の能力又は経験に応じて支給するものについて
通常の労働者と同一の能力又は経験を有する短時間・有期雇用労働者には、 能力又は経験に応じた部分につき、通常の労働者と同一の基本給を支給しなければならない。また、能力又は経験に一定の相違がある場合においては、その相違に応じた基本給を支給しなければならない。
➁基本給であって、労働者の業績又は成果に応じて支給するものについて
通常の労働者と同一の業績又は成果を有する短時間・有期雇用労働者には、 業績又は成果に応じた部分につき、通常の労働者と同一の基本給を支給しなければならない。また、業績又は成果に一定の相違がある場合においては、その相違に応じた基本給を支給しなければならない。
③基本給であって、労働者の勤続年数に応じて支給するものについて
通常の労働者と同一の勤続年数である短時間・有期雇用労働者には、勤続年数に応じた部分につき、通常の労働者と同一の基本給を支給しなければならない。また、勤続年数に一定の相違がある場合においては、その相違に応じた基本給を支給しなければならない。
④昇給であって、労働者の勤続による能力の向上に応じて行うものについて
通常の労働者と同様に勤続により能力が向上した短時間・有期雇用労働者には、勤続による能力の向上に応じた部分につき、通常の労働者と同一の昇給を行わなければならない。また、勤続による能力の向上に一定の相違がある場合においては、その相違に応じた昇給を行わなければならない。
〈判例上は7割程度の格差は事情により合理性ありとされている〉
基本給に関する判例では、メトロコマース事件(平成31年2月20日東京高等裁判所判決)があります。駅売店で販売業務に従事していた勤続10年前後の契約社員の基本給が正社員の72~74%程度であった事案について、以下の点を理由に挙げて、裁判所はその差は不合理ではないと判断しています。
- 契約社員は、正社員と違い、エリアマネージャー業務に従事する可能性や、売店業務以外の業務への配置転換の可能性がないこと
- 正社員に長期雇用を前提とした年功的な賃金制度を設け、本来的に短期雇用を前提とする有期契約労働者にはこれと異なる賃金体系を設けるという制度設計をすることには一定の合理性があること
- 契約社員から正社員への登用制度があるため、格差が固定的とは言えないこと
この事例でもわかるように、正社員と契約社員の間で、将来も含めた職務の変更範囲に相違がある場合には、契約社員の基本給が正社員の7割程度であっても合理性が肯定される可能性があると考えられます。
一方で、学校法人産業医科大学事件(平成30年11月29日福岡高等裁判所判決)では、大学病院の事務職員について、勤続約30年の契約社員と同程度の勤続年数の正社員の間に基本給に2倍程度の格差があった事例で、格差を違法と判断しています。
基本給は、個々人の能力や業績、勤続年数などさまざまな要素を考慮して決まることが多いため、学校法人産業医科大学事件の事例のように2倍程度の格差などという極端な差があるケースを除けば、裁判所で違法と判断されるケースは実際には少ないと思われ、実際に判例でも、基本給の格差については不合理ではないと判断したケースが多くなっています。
通勤手当
通勤手当は通勤の費用を補助する目的で支給される手当です。そして、このような目的は、正社員も契約社員やパート社員も事情に違いがないことが通常です。
そのため、契約社員やパート社員についてのみ通勤手当を不支給としたり、あるいは契約社員やパート社員についてのみ支給額に上限を設けたりすることは、通常は不合理な待遇差に該当すると考えられます。すなわち、「同一労働同一賃金ルール」に違反し、違法とみなされます。
厚生労働省の「同一労働同一賃金ガイドライン」でも次のように記載されています。「短時間・有期雇用労働者にも、通常の労働者と同一の通勤手当及び出張 旅費を支給しなければならない。」また、判例上も通勤手当の格差については違法とされています。
精勤手当、皆勤手当
精勤手当や皆勤手当は、出勤を奨励する目的で支給される手当です。そして、このような目的は、契約社員やパート社員にも通常あてはまります。
そのため、契約社員やパート社員のみ精勤手当や皆勤手当の対象外とすることは、通常は不合理な待遇差として「同一労働同一賃金ルール」に違反し、違法となります。(平成30年6月1日ハマキョウレックス事件最高裁判決、厚生労働省「同一労働同一賃金ガイドライン」)また、厚生労働省の「同一労働同一賃金ガイドライン」でも次のように記載されています。
「通常の労働者と業務の内容が同一の短時間・有期雇用労働者には、通常の労働者と同一の精皆勤手当を支給しなければならない。」また、他の判例上も精勤手当、皆勤手当の格差については違法とされています。
住宅手当
住宅手当については、厚生労働省のガイドラインに詳細な記載はありませんが、判例上は多くの裁判で問題になっています。住宅手当は住宅にかかる費用を補助する目的で支給される手当です。
例えば正社員は全国転勤の可能性があり、契約社員には転勤がないというように、転勤の範囲に差がある場合は、正社員にのみ住宅手当を支給することも合理的です。このような場合に、契約社員に住宅手当を支給しないことは、「同一労働同一賃金」のルールのもとでも問題ないと判例でも示されています。(平成30年6月1日ハマキョウレックス事件最高裁判決)
一方、正社員と契約社員の間で転勤の有無や範囲に特に差がない場合に、契約社員にのみ住宅手当を支給しないことは、違法とされる可能性が高くなります。過去の判例でも、転勤のない正社員にも住宅手当を支給している場合には、契約社員に住宅手当を支給しないことは違法と判断されています。(平成30年2月21日大阪地裁判決)
家族手当・扶養手当
家族手当や扶養手当についても、厚生労働省のガイドラインに詳細な記載はありませんが、判例上は多くの裁判で問題になっています。家族手当や扶養手当は、家族を扶養する従業員への補助を目的として支給される手当です。
そして、家族を扶養するために生活費がかかるということは、契約社員でも正社員でも違いがありません。そのため、契約社員にのみ家族手当や扶養手当を不支給とすることは、「同一労働同一賃金ルール」に違反し、違法となる可能性が高いです。
令和2年10月15日の日本郵便事件最高裁判所判決も、契約社員について扶養手当を不支給としたことを違法であると判断しています。一方、定年後に再雇用する嘱託社員等については、年齢的に家族を扶養する立場にある人が少ないことなどから、家族手当や扶養手当を支給しないことも通常は適法と判断されます。(平成30年6月1日長澤運輸事件最高裁判決)
その他の手当
その他の手当についても、これまで見てきた手当と同様に、正社員と非契約社員との間で支給をされるかどうかの理由の違いに合理性があるかどうかで適法か違法化が判断されることとなります。
賞与
賞与については、厚生労働省の同一労働同一賃金ガイドラインでは次の通り解説されています。
「賞与であって、会社の業績等への労働者の貢献に応じて支給するものについて、通常の労働者と同一の貢献である短時間・有期雇用労働者には、貢献に応じた部分につき、通常の労働者と同一の賞与を支給しなければならない。また、貢献に一定の相違がある場合においては、その相違に応じた賞与を支給しなければならない。」
一方で、判例上は、賞与について正社員と非正社員に相当程度の格差がある事例も、合理的な理由があるとして許容されるケースが多くなっています。以下で賞与の格差について判断した判例を見ていきます。
令和2年10月13日の最高裁判決(大阪医科薬科大学事件)は、一般論として賞与の格差が違法になることがあることは肯定しつつも、契約社員について賞与を不支給としたことについて、正社員との間で仕事の内容や配置転換の範囲に違いがあったことを踏まえると、契約社員に賞与を支給しなかったことも不合理とはいえず適法と判断しました。
また、それ以前の判例でも、パート社員・契約社員への賞与の支給については、パート社員・契約社員と正社員との間で、仕事の内容や配置転換の範囲が異なる場合には、賞与に格差があっても適法とされるケースが多くなっていました。
このように判例は、正社員に賞与を厚く支給することは、正社員定着のための合理的な施策であるとして、賞与に格差があっても合法と判断する傾向にあります。
ただし、前述のとおり、令和2年10月13日最高裁判決でも、一般論として賞与の不支給が不合理な格差と評価され、違法になる場面があることが指摘されています。
そのため、企業としては、正社員と契約社員の間で賞与の支給の有無に差がある場合は、仕事の内容や配置転換の差を明確化することに加え、以下の点が重要になります。
- 契約社員から正社員への正社員登用制度を設け、格差を固定化しない仕組みをつくること
- 契約社員の待遇について、労使間で丁寧な話し合いを継続的に行うこと
一方で、定年後の再雇用社員の賞与については、不支給でも合法とした判例が多くなっています。
例えば、正社員に基本給の5か月分の賞与が支給する一方で、定年後の嘱託社員については賞与を不支給とした事例では、最高裁判所は、不支給を適法と判断しています。(平成30年6月1日長澤運輸事件最高裁判決)。
定年後の社員は定年退職によりすでに退職金を受領していることや、定年後も老齢厚生年金の受給が想定されることなどから、賞与を不支給とすることも不合理ではないと判断されています。
退職金
同一労働同一賃金ガイドラインには、退職金について詳細な記載はありません。
一方、判例では、令和2年10月13日の最高裁判決(メトロコマース事件)で、地下鉄の売店の契約社員について退職金を不支給とした事案について、正社員には退職金を支給しつつ契約社員には不支給とすることも不合理とはいえず適法と判断しました。
この判決は、正社員と契約社員との間に仕事の内容や配置転換の範囲について差があったことを理由づけとしていますが、事案の内容を詳細に見ると、その差は比較的小さかったと評価することができるようなものでした。
このことから、正社員と契約社員の間で仕事の内容や配置転換の範囲に差がある場合には、その差が比較的小さくても、契約社員について退職金を不支給としても違法とはされない傾向が進むと考えられます。
ただし、令和2年10月13日最高裁判決でも、一般論として退職金の不支給が不合理な格差と評価され、違法になる場面があることが指摘されています。
そのため、企業としては、正社員と契約社員の間で退職金の支給の有無に差がある場合は、仕事の内容や配置転換の差を明確化することに加え、以下の点を考慮しておくことが重要になります。
- 契約社員から正社員への正社員登用制度を設け、格差を固定化しない仕組みをつくること
- 契約社員の待遇について、労使間で丁寧な話し合いを継続的に行うこと
病気休暇、特別休暇
法定の年次有給休暇とは別に、病気の場合の休暇や特別休暇を従業員に付与している会社において、正社員には休暇中も給与を支給し、契約社員等には給与を支給しないとすることは、休暇の性質や契約社員の勤務の継続性の程度にもよりますが、通常は違法と判断される可能性が高いです。
令和2年10月15日の日本郵便事件最高裁判所判決でも、病気休暇について、正社員には給与を支給し、契約社員には支給しない制度は違法であると判断しています。
ただし、正社員と契約社員等の間で休暇の日数について差を設けることは合理的な範囲での差であれば適法とされています。
同一労働同一賃金に違反するとどうなるのか?
企業が同一労働同一賃金のルールに違反しても、企業に対する罰則はありません。ただし、同一労働同一賃金のルールに違反して不合理な待遇を行っていた場合、従業員から正社員との待遇格差について損害賠償請求(差額請求)を受けるリスクがあります。
過去の判例でも、裁判所は、待遇格差のうち裁判所が不合理であると判断した部分については、企業に対し損害賠償を命じる判決を下しています。
「同一労働同一賃金」が適用されて、何がどう変わったのか?
「同一労働同一賃金」の法案の成立前から、すでに、パートタイム労働法や労働契約法において、正社員とパート社員、契約社員との待遇差に関する法規制は設けられていました。では、今回導入された「同一労働同一賃金のルール」は、これまでの法規制とどの点が違うでしょうか?
待遇差の合理性についての判断基準が明確化された
「同一労働同一賃金のルール」のもとでは、パート社員や契約社員について、仕事の内容や責任の程度が正社員と異なる場合には、それを考慮した待遇差を設けること自体は許容されるものの、その待遇の差は不合理なものであってはならないとされています。
この点はこれまでの法律でも同じでしたが、これまでの法律では、「どういう場合に不合理な待遇差にあたるのか」の判断基準があいまいでした。
法改正により導入された「同一労働同一賃金のルール」では、不合理な待遇差かどうかの判断基準が明確になっています。具体的には以下の通りです。
①個別の賃金項目ごとに判断される
年収ベースといった全体的な判断ではなく、基本給や賞与、手当など、個別の賃金項目ごとに待遇差が合理的かどうかを判断するということが、法改正により明確になりました。
つまり、年収ベースで見れば待遇差は合理的な範囲というケースでも、例えば正社員には皆勤手当を支給しているのに契約社員には支給しないというときは、その点が不合理な待遇差と判断されます。
改正法の条文上も、「基本給、賞与その他の待遇のそれぞれについて、…不合理と認められる相違を設けてはならない。」となっており、この「それぞれについて」という部分は、賃金項目ごとの判断になることを明確にするという意味を示しています。
➁賃金項目の目的に照らして判断される
次に、個別の賃金項目ごとに待遇差が合理的かどうかを判断するときには、その賃金項目の目的に照らして判断されることが明確になりました。例えば「住宅手当」は通常は住宅費を補助する目的で支給されます。
このような目的からすれば、正社員には全国転勤があり、契約社員には転勤がないようなケースでは、転勤の有無の差を考慮して、契約社員には支給しないことは合理的な待遇差です。一方、「皆勤手当」は通常は出勤を確保する目的で支給されます。
このような目的に照らして考えると、正社員であっても契約社員であっても出勤を確保する必要性は変わらないため、契約社員にのみ皆勤手当を不支給とすることは違法と判断されます。このように「不合理な待遇差にあたるのか」の判断が、個別の賃金項目の目的を考慮して行われることが、法改正により明確になりました。
派遣社員にも同一労働同一賃金が適用された
これまで、正社員と派遣社員の均等待遇を義務付ける規定はありませんでした。しかし、法改正後は「同一労働同一賃金のルール」が派遣社員にも適用され、派遣社員について、派遣先に勤務する通常の労働者と比較して不合理な待遇差を設けることが禁止されます。(改正労働者派遣法第30の3から第30の5)
ただし、派遣社員については、派遣会社が派遣社員の代表者との労使協定を締結した場合は、「同一労働同一賃金のルール」の適用が除外されます。
福利厚生施設の利用の機会を与えることが義務化された
これまでの法律では契約社員やパート社員に企業の福利厚生施設の利用を認めることは、企業側の努力義務にすぎないとされていました。
しかし、今回の法改正で、福利厚生施設の利用の面でも、正社員との均等待遇が義務化され、契約社員、パート社員、派遣社員にも利用の機会を与えることが義務付けられました。(「短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律」第12条)
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まとめ
最初に記述した通り、同一労働同一賃金とは、「同じような労働を行う者は本来同じような待遇をされるべきである」という考え方に基づいて作られたルールです。これによって、企業は正社員と非正社員の不合理な待遇格差を解消しなければならなくなりました。
企業としては、どのような賃金などの項目のどのような待遇差であれば合理的な範囲であると言えるのかを検討したうえで、同一労働同一賃金の問題に対応する必要があります。そして、どのような待遇差であれば合理的な範囲と言えるかの検討をするにあたって、「過去の判例」と「同一労働同一賃金ガイドライン」を参考にしながら、各賃金などの項目の格差について格差の合理性を確認するか、待遇の変更をする必要があります。
このような対応を行わずに、合理性のない格差を放置すると、企業に対する罰則はないものの、従業員から損害賠償請求の訴訟を受ける恐れがあります。よって、企業としては今後、同一労働同一賃金のルールに適切な対応を行うことが求められます。