経営者や人事をされている方は、「希望退職制度と早期退職者優遇制度を導入したいと考えているが、どんなメリットとデメリットがあるのだろうか」「希望退職制度や早期退職者優遇措置と退職勧奨はどう違うのだろうか」
と気にされていませんか。
ここでは、希望退職制度・早期退職者優遇措置の内容及びメリットとデメリット並びに制度設計上の留意点及び手続きの流れについて弁護士が徹底解説してゆきます。
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希望退職制度・早期退職者優遇措置の内容及びメリットとデメリット並びに制度設計上の留意点及び手続きの流れ!
結論から申し上げますと、希望退職制度・早期退職者優遇制度と退職勧奨は似ているようで、趣旨が全く異なります。
希望退職制度や早期退職者優遇制度は退職金等を優遇して自主的に退職を薦めるものであり、退職勧奨は会社側が積極的に在籍している社員に対して退職のお願いをする行為のためです。
また、希望退職制度・早期退職制度には人件費節約などのメリットがある一方で、社員に不安を抱かせたり、一時的に大量の現金が必要になるなどのデメリットがあります。
この記事を読めば、希望退職制度や早期退職者優遇制度について理解することができ、導入するかどうかや問題点について理解することができます。
希望退職制度や早期退職者優遇制度について悩んでいる方は、ぜひ、最後まで読んでいって下さい。
希望退職制度・早期退職者優遇制度とは?
希望退職制度・早期退職者優遇制度とは、社員が定年などの通常のタイミングとは異なるタイミングで退職することによって、退職金などを優遇する措置のことを指します。
希望退職制度は人員整理を目的として行われることが多く、早期退職者優遇制度は会社の中の年齢バランスを調整するための制度であることが一般的です。
やり方を一歩間違えると、「不当解雇」と労働組合や一般社員から非難され、訴訟等で多大な時間を費やすことになりかねない制度です。
必ず退職者本人が自ら退職の意思表示をしたといえるような制度にしておく必要性があります。
希望退職制度と早期退職者優遇制度の違い
希望退職は臨時のタイミングで行われるため、制度化されていないことがあります。
企業の業績が急激に悪化してしまったため、もう人件費を支払い続けることが難しくなることが予測されるなど緊急事態が見こされる場合には希望退職制度が活用されることが多いです。
一方で、早期退職制度は、あらかじめ労働組合などと協議の上、特定の年齢や勤続年数に達した場合に条件付きで応募できる制度となっていることが多くなります。
会社都合退職の問題点
希望退職制度は特定の臨時タイミングで行われることから会社都合退職扱いとし、早期退職制度は自己都合退職にするなど、退職後の雇用保険の失業給付の受給要件に影響する部分があります。
雇用保険の失業給付の受給開始は、会社都合であれば約1週間、自己都合退職となると約3ヶ月経過後受給開始と大きく変化します。
労働者側は会社都合退職が有利となり、経営者側は自己都合退職が有利となります。
経営者側が不利となる理由については会社都合退職を企業が出してしまうと、わかもの応援ハローワークなどの若者採用のための無料での採用手段が活用できなくなるだけではなく、雇用関係の助成金を受けられなくなる可能性が高いためです。
会社都合退職を1件でも出せば、活用できなくなるハローワークの制度があるため、会社都合の退職を出すことには慎重になる必要性があります。
また、仮に本人が自己都合退職で一旦は納得していたとしても、あとで労働審判や裁判などで「実は事業主都合の離職で、自己都合退職ではなかった」と証明されてしまうと、雇用助成金を受け取っていた場合、詐欺罪などで国家に刑事訴訟される恐れがあります。
会社都合退職者を出す場合には、慎重に考え抜いたほうが良いです。
出来れば本人と話し合いをし、少しでも有利な条件を提示することで会社都合退職ではなく自己都合退職にしてもらえないかなどの話し合いの場を持つようにしましょう。
希望退職制度・早期退職者優遇制度と退職勧奨の違い
希望退職制度・早期退職者優遇制度と退職勧奨の違いについては社員が自分の意志で退職をするのか、会社からの勧告なのかによって扱いは異なります。
会社から退職打診された上で退職をする場合、会社都合の離職で解雇扱いとなることもあり得ます。
一方で、希望退職制度や早期退職者優遇制度を予め企業側で設定しておき、そこに社員が自分の意志で申し込む場合には退職勧奨とはならず自分の意志による退職ということになります。
あくまでも本人の意思確認を行い、その上で、本人から退職したいという申し出を会社が承認した場合のみ解雇と扱われません。
つまり、無理やり退職願いを書かせたようなケースでは、会社側が裁判等で敗訴する可能性が高くなるということです。
会社側が圧力をかけて退職を強制したのか等は裁判の際に争われる可能性があるため、会社側から無理な退職勧奨を行うことは難しいです。
あくまでも本人が心から納得して早期退職に応募したということでなければ、あとで会社側が非常に不利な状態になる可能性が高くなります。
絶対にしてはいけない退職勧奨の事例
特定の社員を退職させたいからといって、無理やり退職を強要することは絶対に辞めましょう。
例えば、退職金100万円程度を机の上におき、お金を受け取れと迫り何人もの人間で取り囲んで無理やり退職届を書かせるといった行為です。
後に裁判となった場合、本人の意志とは関係なく無理やり自己都合退職を強いようとしたと言われ、裁判官の心証を非常に悪くします。
本人に退職の意志がないと裁判で立証されれば、無理やり退職願を書かせたことが明らかになり、非常に悪質な企業だと裁判官に会社側が不利な判決を出されてしまう可能性があります。
希望退職制度・早期退職者優遇制度を就業規則化する場合の注意点。労働組合との折衝は念入りに行う。
希望退職制度・早期退職者優遇制度を導入する場合、労働組合との折衝は必ず慎重にするようにしましょう。
理由として、早期に退職を促すような制度を労働組合が最初から承認することはまれなためです。
労働組合の趣旨は社員が安心して定年まで仕事を続けることができる等の、社員の経済的な利益をしっかりと守ることです。
希望退職制度・早期退職者優遇制度があくまでも自己都合で退職を申し入れるような形の制度であったとしても、社員にとって不利益な内容となる可能性がある以上、労働組合との折衝は避けることができません。
労働組合との折衝の仕方
労働組合側に早期退職者制度の就業規則制定の交渉をする場合には、目的や趣旨を労働組合に説明する必要性があります。
あくまでも肩たたきなどのリストラのために導入するのではなく、本人のキャリアが良くなるために行うという目的と趣旨でなくてはいけません。
労働者の自発的な新しい挑戦を後押しするための制度ということでなくては、労働組合は退職勧奨ではないかということで、団体交渉に突入してしまう可能性があるためです。
- 年齢要件を定める(誰でも応募できるわけではなく、55歳以上等かつ勤続年数10年以上の社員に限って各年の3/31にまで申し込むことなど)
- 再就職先を確保するまで有給休暇の取得を認める
- 退職金の特別割り増し
- 自己都合退職であっても、会社都合退職扱いと同じまたは、有利な方面で退職金を優遇する
など、具体的な条件を定めて労働組合に提示することが大切です。
正社員で勤務している社員を会社側から解雇をすることは基本的にはできません。仮に一時の感情や経営状況の不振のために解雇を焦ったとしても、裁判移行した場合に敗訴する可能性が高くなります。
しっかりと労働組合の合意を得てから、希望退職制度・早期退職制度を行うようにしましょう。
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希望退職制度・早期退職制度を導入する場合は、必ず公募と会社の承認を必要とすることが大切
希望退職制度・早期退職制度を導入する場合には、必ず社内で告知して社員が自主的に応募する形でオープンにして、掲示して公募するようにしましょう。
もしも仮に、会社側から声をかけるような形で退職者を募れば、「退職勧奨」となり、労働組合などに糾弾されるきっかけを作る可能性が非常に高くなります。
「自分の会社には労働組合などないから大丈夫だろう」というように考えていたとしても、現在はユニオン(外部労組)の動きが活発化しており、頻繁に組合代表がテレビに取り上げられるなど社会からの注目度も高い状況にあります。
自社内に労働組合がある場合は、経営者側に配慮した形で話を聞いてくれる可能性も高いですが、ユニオンは外部の団体であるため、会社の経営状態などには配慮をしてくれません。
安易に退職者を狙い撃ちして辞めさせるような行為は避けるようにしましょう。
また、公募に対して希望退職制度・早期退職に応募してきた社員の退職を認めるのかどうかについては就業規則に必ず会社の承認が必要であると記載するようにしましょう。
会社の承認によって退職制度の活用を認める形にしておくことで、社員から訴訟等を起こされるリスクが軽減されるためです。
神奈川信用農業協同組合事件では、割増退職金を適用するかについて、会社側の承認が必要とされていたため、割増退職金の支払いを逃れることができました。
参考:神奈川信用農業協同組合(割増退職金請求)事件 最一小判平19.1.18 労判931-5
早期退職制度を作った当時は割増退職金を支給しても問題ないような経営状況だったとしても、いつ経営状況が悪くなり、割増退職金を支払えなくなるか分かりません。
割増退職金を適用するのは会社が承認した場合のみとしておくと支払い不能となるリスクを抑えることができます。
希望退職制度・早期退職者優遇制度を導入するメリット
「希望退職制度や早期退職者優遇制度を企業側が導入するメリットってどんなことなのかな」と気になりませんか。
具体的には、以下のようなメリットがあります。
- 組織の若返り
- 人員整理による人件費負担削減
それぞれについて解説します。
組織の若返り
定年を待たずに退職者を募ることができるため、組織の若返りを図ることができます。
日本企業の傾向として、就職氷河期世代の採用人数を絞ってしまったため、特定の年齢層が少なく、若手も少なくなっていることがあります。
そのため、特定の年齢層より上の社員を希望退職制度・早期退職者制度によって自主的に退職してもらうことによって、会社全体を若返らせることができます。
特にあまり仕事に対してモチベーションが高くなく、若手の士気を下げてしまっている中高年の多い職場となってしまっている場合、希望退職制度・早期退職者優遇制度を導入することで職場の閉塞感を打ち破ることができる可能性があります。
人員整理による人件費負担削減
人員整理を行うことによって、人件費負担を削減することができます。
特に日本は中高年層の給与が高い傾向にあり、中高年層の社員が早期退職を選択することが結果的には企業の人件費負担を軽減することにつながります。
日本企業の傾向として、年齢を重ねるごとに昇給していく年功序列の賃金体系をとる傾向にあります。
そのため、年齢を重ねるほどに給与は高くなり、若い時に安かった給与を年齢が高くなってから取り戻すという制度となっていました。
日本が高度経済成長期にあり、企業の業績が常に右肩上がりだったため、年功序列制度は非常に良い制度として機能していましたが、昨今では経済の変動の波が激しく、中高年の高い人件費が企業の経営を圧迫しています。
特にこれから新しい成果主義の人事考課制度を導入したいと考えている場合には、中高年層の処遇を含めて改革する必要性があります。
希望退職制度・早期退職者優遇制度を導入するデメリット
「希望退職制度・早期退職者優遇制度を導入するデメリットってなんだろか」と気になっていませんか。
具体的には、以下のようなデメリットがあります。
- 優秀な人材を真っ先に失う可能性が高い
- 現存する社員に不安を与える可能性が高い
- 労働組合や新聞等のマスメディアからバッシングを受ける可能性がある
- 一時的に多額の現金支出が発生する
それぞれについて解説します。
優秀な人材を真っ先に失う可能性が高い
希望退職制度も早期退職者優遇制度も、公募して、退職したい社員本人からの申込があって初めて成立します。
そのため、自分の能力に自信のある人材や比較的転職可能な若い人材が自社に不満を持っていた場合、退職していってしまう可能性があります。
本来は人件費が高く仕事のモチベーションが低い従業員が退職することで組織の若返りや人件費節約が目的であったはずなのに、真逆の現象が起きる可能性があります。
そのため、出来るだけ早期退職優遇制度や希望退職制度は、会社が承認をした人だけが可能であると明記する必要性があります。
仮に早期退職に応募があったとしても、優秀な社員からの申込であれば適用できないとして出来るだけ断るようにしましょう。
神奈川信用農業協同組合(割増退職金請求)事件でも会社側が退職金を割り増しにするかどうかを承認制にすることについては、特に問題がないとされています。
参考:神奈川信用農業協同組合(割増退職金請求)事件 最一小判平19.1.18 労判931-5
また、優秀な評価の高い社員から辞めていく本末転倒な状況を防ぐために退職者面談を必ず実施すると全社員に通知しておきましょう。
意思確認の場で、会社への残留を打診できるような体制を構築しておくことで、未然に優秀な人材の流出を防ぐようにしましょう。
現存する社員に不安を与える可能性が高い
早期退職制度や希望退職制度を募ると、現存する社員に不安を与える可能性があります。
理由として、「自分も将来、年齢を重ねたときに同じことをされるのではないか」と現存する社員が動揺する可能性があるためです。
出来る限り、公募制であることを伝え、単純に企業側の論理だけで社員をリストラしているわけではないと特に若手社員には良く伝えておくようにすることが大切です。
労働組合や新聞等のマスメディアからバッシングを受ける可能性がある
仮に正当な手続きを踏んで早期退職制度を作成したとしても、労働組合や新聞等のマスメディアからバッシングを受ける可能性があります。
理由として、解雇という解決法は、それだけ注目を集めやすいためです。
正当に労働組合を説得して、しっかりとした制度を作成していてもバッシングされる可能性があるため、しっかりと法律と判例を踏まえた制度を作り、何を聞かれても違法な行為はしていないと防衛線を敷く必要性があります。
一時的に多額の現金支出が発生する
社員が自主的に退職をしてくれることで、将来的な固定費は下がります。
その代わり、退職金の上積みなど多額の現金支出が一時的に増加します。
退職金そのものは積み立てを普段から行っていたとしても、上積み部分の支出は短期的には決算に悪い影響を与える可能性があります。
人事部だけで解決するのではなく、経理部などと決算状況を共有し、いつ希望退職制度を実施するのかなどタイミングを図るようにしましょう。
また、早期退職制度を制定する場合、普段からある程度の割り増し分を積み立てておくことが大切となります。
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会社の生命線を分ける、早期退職制度の運用
早期退職制度を導入した場合、会社の生命線を分けるのは、誠意をもって社員に制度を説明したかどうかです。
特に強引に制度導入を推し進めると、社員とのいらない軋轢を生む可能性が高いといえます。
法律的に早期退職制度が完璧かどうかだけではなく、人事労務の世界では実際に働いている人材の感情や、会社の組織の在り方までを見通した方法論で制度導入を進める必要性があります。
会社に人事部等があり、人事の経験が30年以上あるようなベテランが複数いるような企業であればなんとか導入できる可能性はあります。
しかし、会社に人事労務に特化したベテランが存在しない場合、安易に導入するのではなくて先に労働専門弁護士の助言を受けることがおすすめです。
結局、制度導入の方法やタイミングを誤れば労働紛争に突入して2年以上の長い裁判に巻き込まれる可能性が高いです。
労働紛争に突入してから弁護士を頼るのではなく、先に弁護士に相談しておく方がずっと負担は少なく、結果的には労使関係を損ねずに制度を推進することができます。